カリウム40の放射能
3ヶ月もここは更新してませんでしたが...
野尻美保子教授の、
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カリウムの化学と物理
まず、カリウムとは何か。カリウムは元素番号19の金属。アルカリ元素の1つ、つまり価電子を1つ持ち、化学的にはナトリウム等と似ています。酸化しやすいので、通常単体では存在せず、塩素などと結合すると塩になります。*1
カリウムの安定した同位体は、カリウム39とカリウム41。陽子19個に対し、それぞれ中性子を20個と22個持つ原子核です。*2
この2つの同位体が、自然にあるカリウムの99.99%を占めるのですが、残りの1万分の1が、不安定なカリウム40です。不安定と言っても、半減期は12.5億年と長いものです。崩壊の89.28%では、β-線(電子)を出しカルシウム40に、残りの10.72%では、β+線(陽電子)を出し電子を吸収してアルゴン40に変化します。*3
中性子の数 | 天然存在比 | 質量(u) | |
---|---|---|---|
K-39 |
20 |
0.9326 |
38.96 |
K-40 |
21 |
1.2×10-4 |
39.96 |
K-41 |
22 |
0.0673 |
40.96 |
今地球上存在するカリウム40のほとんどは、太陽より前の世代の星の中で作られたものが超新星爆発により飛散し、それが地球の材料として取り込まれたものです。*4地球の年齢は約45億年と考えられているので、地球が出来た時のカリウム40の量は、現在の10倍ほどだった事になります。
同位体の割合がこれと大きく違うカリウムが自然にあるかというと、基本的に無いと考えていいはずです。どの同位体も化学的にはほぼ同じ振る舞いをするので、同位体を分離するには、質量の違いを利用した遠心分離などの方法が必要になります。
栄養としてのカリウム
以下は、「厚生労働省:「日本人の食事摂取基準」(2010年版)」を参考にしました。
カリウムは、ミネラルに分類される栄養分で、人体にとって必要な元素の1つです。体内では(陽)イオンとして存在し、体液の浸透圧の調整などに使われます。ニューロンの「発火」は、ナトリウムとカリウムのイオンの移動によって起こるとか。
日本人の摂取量の目安は、1日あたり男性は2.5g、女性は2.0g。カリウム摂取が、「血圧低下、脳卒中予防、骨粗鬆症予防」に繋がるという研究結果があるため、2.7-3.0g*5が目標量として設定されています。*6
普通の食生活をしていれば欠乏する事はなく、摂り過ぎても、腎臓が機能していれば尿で排出されるので、体内の濃度はほぼ一定に保たれています。大体、体重の0.2%がカリウム。体重が50kgの人なら、約100gのカリウムが体内にあるという事です。
色々な食品に含まれるカリウムの量は、「カリウムの多い食品と食品のカリウムの含有量一覧表 | 簡単!栄養andカロリー計算」に載っています。牛乳(普通)は、100gあたり150mgとありますね。1kgあたり、1.5gになります。
カリウムの放射能
というわけでやっと本題。1gのカリウムが、何ベクレルの放射能を持っているのか計算します。公式*7があるのですが、意味が分かっていれば導出できるものなので、意味を追っていきます。
まず、カリウムの原子量は39.098。つまり、1モルあたりのカリウムの質量は、39.098g。1モルとはアボガドロ数の原子があるという事なので、1gのカリウムに含まれる原子(そして原子核)の数は、
このうち、0.012%がカリウム40なので、
がカリウム40の原子核の数になります。
半減期t1/2の原子核が、1秒内に崩壊する確率は、*8
なので、1gのカリウムが持つ放射能をベクレル(1秒に起こる崩壊の数)で測ると、
と出てきます。
牛乳1kgに含まれるカリウムは1.5gですから、約50Bq/kgで正しいわけです。人体に含まれるカリウムの放射能は、体重50kg、カリウム100gとして3200Bqになります。
「カリウムの多い食品と食品のカリウムの含有量一覧表 | 簡単!栄養andカロリー計算」に出ているのは、食品100gあたりカリウムが何mg含まれているかです。この表からBq/kgに換算するには、表の数字を3で割るとほぼピッタリです。
最後に
食品は、原発事故と関係なくカリウム1gにつき約30Bqの放射能を持っていて、体内にも、数千Bqのカリウム40がある事が分かりました。
こんなにあって大丈夫なのかというと、大丈夫もなにも、これがベースラインでみんな生活しているわけです。上に書いたように、体内のカリウムの量は大きく変動しませんし、カリウム40の割合が低い摂取源があるわけでもありません。要するに、カリウム40による被曝は、何をしても大きく増えたり減ったりしないものなので、心配してもしょうがないのです。ちなみに、カリウムからの年間の被曝量は、0.1-0.2mSvになるようです。
言うまでもない事ですが、他の放射性物質については、心配するべきですし、出来る限り被曝を抑えたい、というのが当然です。カリウムがこれだけあるから、他のも大丈夫、と言いたいわけでは全くありません。
ただ、ゼロがベースではないよ、というのは知っておいた方がいいと思います。牛乳などの放射能検査では、主にヨウ素とセシウムの検査をしているのですが、これらが無ければ全く放射能がないわけではなくて、カリウムを含む食品には、すでに背景として放射能があります。検査をするには、ただカウンターで数えるだけではダメで、γ線のエネルギーを見て、核種を判別しないといけないわけです。*9
基準値も、核種ごとに定められていて、カリウムの放射能は考慮に入っていません。入れてもしょうがないからです。
*1:化学の話はこれくらいで勘弁...
*2:一般的に、原子核は偶数個の陽子、偶数個の中性子を持つものがより安定します。
*3:核種のデータはNNDCが便利。アルゴンに崩壊する場合には、γ線を出して安定状態になります。アルゴンは希ガスで、液体からは逃げるので、アルゴンの濃度を測定する事で、岩石が固化した年代を特定出来るとか。
*4:言い換えると、地球上で、これと同じオーダーの量のカリウム40を作るプロセスは無い、という事。
*5:年齢と性別に依存。「厚生労働省:「日本人の食事摂取基準」(2010年版)」を参照。
*6:目安量は、「特定の集団の人々がある一定の栄養状態を維持するのに十分な量」。目標量は、「生活習慣病の一次予防を目的として、現在の日本人が当面の目標とすべき摂取量」。
*7:ベクレルで測った放射能は、。mは質量、maは原子量、Nはアボガドロ数、t1/2は秒で測った半減期。
*8:正確には、半減期が1秒と比べて大きい場合の近似。原子炉内などにある半減期の短い放射性物質でも無ければ、使えます。
*9:ただ、カリウム40がγ線を出すのはアルゴン40に崩壊する場合だけなので、γ線だけを測っている場合、牛乳などの場合はあまり問題になるカウント数にはならなそうです。