素粒子の質量が違うわけ
ヒッグスの話です。最初におすすめしておきたいのが、去年のヒッグス粒子発見の数日後に書かれた「http://www.gakushuin.ac.jp/~881791/d/1207.html#08」(特に、「何がすごいのか? 」の部分)と「ヒッグス粒子ってなあに?」。
今年のノーベル物理学賞を受賞したヒッグスとアングレール(とブラウト*1)が解決したのは、力を伝達するゲージボソンという粒子が、どうすれば質量を得る事が出来るか、という問題でした。去年のヒッグス粒子の発見は、彼らが考えた「ヒッグス機構」と呼ばれる仕組み*2が実際の世界で働いている証拠になりました。
ヒッグス粒子の発見で「完成」したと言われている標準模型は*3、これまでに発見されている素粒子の性質と、その間に働く作用をかなり正確に記述出来ると考えられています*4。この理論でのヒッグス機構の働きは、「弱い力」を伝えるWボソンとZボソンという粒子に質量を与える事です。この2つの粒子に大きな質量*5があるために、伝える力が働く距離がとても短くなり、「弱く」なる事を説明しています。
標準模型では、電子やクォークなどの素粒子にもヒッグス場のおかげで質量が生まれる事になっていますが、これはあくまでオマケ。ヒッグス達が発見したのはあくまで、ゲージボソンに質量を与える方法でした。とはいえ、報道では「物質に質量をもたらす」部分が強調される事が多いですし、そっちの話を少ししてみます。(ありがちな誤解については、以前このブログで書きました。「ヒッグス粒子には出来ないこと - 物理学と切手収集」)
素粒子の質量の違い
この話のスタート地点としては、「素粒子の質量はヒッグス(場)と関係あるらしい」というだけの理解で良いと思うんですが*6、素粒子の質量は種類によって違います。上に書いたようにオマケで質量をもらったレプトンとクォークの質量は大体こんな感じ*7
レプトン | 質量(MeV) |
---|---|
電子 | 0.5 |
ミュー | 100 |
タウ | 2000 |
クォーク | |
アップ | 2 |
ダウン | 5 |
チャーム | 1000 |
ストレンジ | 100 |
トップ | 200000 |
ボトム | 4000 |
MeVという単位の意味は、そういう単位で測れる、という事以外気にしなくてもいいです。ここで注目したいのは、質量が0.5MeVしかない電子から、20万MeVもあるトップまで、素粒子の質量に大きな差がある事です。なんでこんな差が出るのか、物理学者は説明出来てるのか?というのは自然な質問だと思います。
答えは、出来てると言えば出来てるし、出来てないと言えば出来てない、です。なんのこっちゃ。
なぜ違いが出るのか、には「質量はヒッグス場との結合定数に比例して、これが素粒子ごとに違うから」という答えがあります。どういう意味かというと、ヒッグス粒子と反応しやすい素粒子は、質量がその反応しやすさに比例して大きくなるという事です。そしてその「反応しやすさ」は、実験で作られたヒッグス粒子がどのように崩壊するかを調べれば測ることが出来ます。
例えばトップクォークは質量が大きいので、ヒッグス粒子と強く反応すると考えられます。逆に質量の小さい電子は、ヒッグス粒子とはほとんど反応しません。ここから、ヒッグス粒子が崩壊する際、トップクォークが出て来る事は多く、電子が出て来る事はほとんど無いという予想が標準模型からは出て来ます*8。質量とヒッグスとの結合定数が比例しているかどうかは、実験で確かめられるわけです*9。
ただ、そもそも電子とヒッグス、トップクォークとヒッグスの結合定数が違う理由はなに?と聞かれると、標準模型にはその答えはありません。標準模型が教えてくれるのは、そこに定数があって、実験で測れば分かる、という事だけだからです。標準模型を超える理論が出来れば説明出来るのかというと、それもあやしいですが、とにかく今広く受け入れられている理論では全く説明出来ないんですね。
*1:他にも…
*2:真空でのヒッグス場の期待値が0では無くなる事で、ゲージ対称性が自発的に破れ、結果破れた対称性に対応するゲージボソンが質量を得る。
*3:下に出て来る、ヒッグスと他の素粒子の結合定数が測られていないので、まだ完成していない、という意見もあり。
*4:今までに明らかに示されている例外はニュートリノ振動のみ。標準模型ではニュートリノに質量はないとされているが、ニュートリノ振動は質量が無ければ起こらない。
*5:どちらも陽子の約100倍の質量。
*6:これでも予備知識が必要なのが難しいところ…
*7:実際はもっと精密に測れてる。「レプトン (素粒子) - Wikipedia」「クォーク - Wikipedia」
*8:これは、ヒッグス粒子が崩壊した直後の話。実際の実験で検出されるのは、トップクォークがさらに他の粒子に崩壊したもので、そのような崩壊の連鎖のあとでは大量の電子が普通出て来る。検出されたものから、元のプロセスがどういうものだったのか復元するのは、LHCのような実験では大事な手順。
*9:これは、まだ確かめ始めたところ、と言って良いと思う。