ニュートリノって何?(その5〜ニュートリノの種類)

ここまでの話↓
ニュートリノって何?(その1〜ニュートリノ説誕生) - 物理学と切手収集
ニュートリノって何?(その2〜ニュートリノ発見) - 物理学と切手収集
ニュートリノって何?(その3〜ニュートリノの発生源) - 物理学と切手収集
ニュートリノって何?(その4〜パリティの破れ) - 物理学と切手収集


このシリーズは、最近20年くらいの発見、それから今後の研究テーマの話で締めくくろうと思うんですが、そういった進展中の話をする前に、ハッキリと分かっている事を書いておかないといけません。今回は、「標準模型」と呼ばれる素粒子物理の現行理論での、ニュートリノの扱いをまとめます。主に、ニュートリノには何種類あるのか、という話です。

ニュートリノと反ニュートリノ、レプトン数

シリーズをここまで読んできて、そもそもニュートリノと反ニュートリノの区別をなんでしているの?という疑問を抱いた人がいるかも知れません…というか抱いて欲しいかも知れません。「β崩壊で、もう1つ粒子が出てきてないと困る。」→「見つかった!」→「これが"反"ニュートリノだ。」って流れはおかしいでしょう(笑)なぜこの区別が必要とされているのか、そしてなぜβ崩壊で出てくるのが反ニュートリノとされているのか、説明します。


その3で、太陽からニュートリノが出てきている話をしました。これを最初に発見したのはレイ・デイヴィスの、塩素を使った実験でした*1。でっかいタンクから空気を抜いて、塩素を含んだドライクリーニングの洗浄液で詰めます。ニュートリノと塩素-37が反応して出来るのは、アルゴン-37。アルゴンは希ガスなので、作られた後は化学的にほとんど反応せずに気体のままで残っています。どれくらい太陽ニュートリノの反応が起こったか調べるには、タンクの中にどれだけアルゴンのガスが出来ているか測れば良い、という手品のような実験でした。



デイヴィスは、この塩素の実験装置を原子炉の近くにも置いて、反応が起こるかどうか調べました。すると、原子炉から出てくる(反)ニュートリノからは、アルゴンは作られませんでした。太陽から出てくるものと、原子炉(β崩壊)から出てくるものは、別の粒子だというわけです*2



ではなぜ、太陽から出てくるのがニュートリノで、原子炉から出てくるのが反ニュートリノなのでしょう。これは、ニュートリノを電子の仲間として考えると分かります。電子や、その重いバージョンのミューオン、そしてさらに重いタウオンという素粒子は、まとめてレプトンと呼ばれます*3。どれもスピンが1/2で、原子核の中で働く強い核力*4の影響を受けません。ニュートリノのスピンも1/2で、強い核力の影響は受けません。つまり、ニュートリノもまとめてレプトンという事にするのが一貫した考え方になります。


電子、ミューオン、タウオンはどれも負の電荷を持っていて、それぞれに対応した、正の電荷を持った反粒子があります(陽電子、反ミューオン、反タウオン)。「物質と反物質がぶつかると爆発する」というような話を聞いたことがあるかも知れないのですが、これは例えば電子と陽電子がぶつかると光を発して消えてしまう、対消滅という現象を表したものです。


逆に、電子と陽電子が一緒に現れる対生成という現象もあるので、電子が増えれば陽電子も同じ数増えて、電子が減ったら陽電子も同じ数減るのかな?というアイディアが浮かびます。いいかえると、「電子の数-陽電子の数」は変わらない法則があるのかも、という案です。


ただ、これまで紹介してきたニュートリノの関わる反応では、この法則は成立しません。例えばβ崩壊では、電子の数が1つ増えますが、陽電子が一緒に現れはしません。そこで、電子だけではなく、レプトン全体の数で考えてみます。「レプトンの数−反レプトンの数」が変わらない法則、という案です。β崩壊で出てくるのが反ニュートリノだとすると、電子が1つ増えて、反ニュートリノが1つ増えています。レプトンが1つ増えれば、反レプトンも1つ増えています。


その2で出てきた反応を1つ1つチェックしてもらえると、レプトンの数−反レプトンの数が、どの反応でも前後で変わらないのが分かります。これをレプトン数の保存則、と言って、この法則に反する現象は今まで観測されたことがありません*5


ところで、レプトン数の保存さえ覚えておけば、色んな反応で出てくるのがニュートリノなのか、反ニュートリノなのか、暗記する必要はなくなります。例えば電子捕獲では、電子が1つ消えてしまうので、レプトン数を保存するためには反ニュートリノではなくニュートリノが1つ出てこないといけない、と分かりますね。

フレーバー

ニュートリノ/反ニュートリノ、左利き/右利きという区別以外に、ニュートリノを分類できるのかというと、できます。電荷を持ったレプトンに電子、ミューオン、タウオンの3種類あるのと同じように、ニュートリノにも3種類あるんですね。この3種類のニュートリノには、電子ニュートリノ、ミューニュートリノ、タウニュートリノ、という安直な名前がついているんですが、この区別の意味は、電子・陽電子の関わる反応では電子ニュートリノ、ミューオン・反ミューオンが関わる反応ではミューニュートリノ、タウオン・反タウオンの関わる反応ではタウニュートリノが一緒に関わってくる、という事です。


例えば、β崩壊で出てくるのは電子。という事は、β崩壊で出てくる反ニュートリノは、反電子ニュートリノになります。そして原子炉ニュートリノの実験では、反電子ニュートリノが原子核に当たると、陽子を1つ中性子に変えて、陽電子を作る事が示されました。どちらも、1つ目のフレーバーだけが関わる反応ですね。原子炉のニュートリノから、いきなり反ミューオンや反タウオンが作られる事は無い、という事です*6


ニュートリノに、このフレーバーの違いがあると分かったのは、1962年のレーダーマン、シュワーツ、スタインバーガーらの実験からでした*7その3の大気ニュートリノの話で出てきたように、π中間子という粒子はミューオンと反ニュートリノ*8に崩壊します。フレーバーの区別が無いとすれば、この崩壊で出てきた反ニュートリノは、原子炉から出てくる反ニュートリノと同じように検出器で陽電子を作れるはずです。実際には、π中間子の崩壊で出てくる反ニュートリノは、反ミューオンを作ることはあっても、陽電子を作ることはありませんでした。


まとめ

長くなりましたが、ニュートリノは1/2のスピンを持つフェルミ粒子で、2×3=6種類あることが分かりました。



まず、ニュートリノと反ニュートリノの区別。太陽から出てくるのがニュートリノで、原子炉やβ崩壊で出てくるのが反ニュートリノとすると、レプトン数が保存されます。知られている限り、ニュートリノは常に左利き、反ニュートリノは常に右利きで、これはパリティ対称性の破れをしめす大事な性質でした。


そして、ニュートリノや反ニュートリノは、電子/ミューオン/タウオンのどれかに対応しています。この区別がフレーバー。電子ニュートリノは電子を作る事は出来ますが、ミューオンを作ることは出来ません。


最後に標準模型では、ニュートリノは質量を持っていないとされています。β線のスペクトルから、ニュートリノの質量はかなり小さいとされていましたが、標準模型の枠組み内では、ヒッグス場とニュートリノのあいだに働く力はなく、ヒッグスが他の素粒子に質量を与えた仕組みはニュートリノに関しては成り立ちません*9


次回、ニュートリノのフレーバーが、実は固定されたものではない事、そしてニュートリノには小さいけれど質量がある事を示す、「ニュートリノ振動」という現象の話です。

*1:デイヴィスのノーベル賞受賞記念講演に、この辺りの回想も入っています。ビデオとPDFがノーベル賞公式サイトにあります。「http://www.nobelprize.org/nobel_prizes/physics/laureates/2002/davis-lecture.html

*2:前回、原子炉から出てくるのは右利き、太陽から出てくるのは左利きの粒子と書きました。この2つは、実は同じ粒子で、スピンの向きが違うだけ、という可能性も残されています。ニュートリノが「マヨラナ粒子」だという説なのですが、これについては未解決問題として続きを書きます。

*3:「軽い」という意味のギリシャ語から付けられた名前ですが、その名前が付いた後に見つかったタウオンは実は陽子や中性子よりも重いです。

*4:クォークをまとめて原子核やπ中間子などを作る力。

*5:これは、ニュートリノがマヨラナ粒子の場合には守られません。これについては後ほど。

*6:これは次回、ニュートリノ振動で覆されてしまうのですが…

*7:Danby et al., Physical Review Letters 9, 36 (1962).

*8:または反ミューオンとニュートリノ

*9:ヒッグス場とニュートリノ場の間に、ゲージ対称性を持った、くりこみ可能な相互作用が無い、という事です。