Daniel Kahneman, "Thinking, Fast and Slow"を読んで

次にブログで本の話を書くならこれだな、と思っていた本の和訳が出たので、紹介しておきます。読んだのは英語の方で、翻訳の保証は僕からは出来ません。


Thinking, Fast and Slow

Thinking, Fast and Slow

ファスト&スロー (上): あなたの意思はどのように決まるか?

ファスト&スロー (上): あなたの意思はどのように決まるか?

ファスト&スロー (下): あなたの意思はどのように決まるか?

ファスト&スロー (下): あなたの意思はどのように決まるか?

最初に

著者のDaniel Kahnemanは、俗にいうノーベル経済学賞*1を受賞した人ですが、心理学者です。経済学賞を受賞したのは、経済学で使われる、人間の判断が「合理的」だという前提がどのように間違っているのかを示し、行動経済学と呼ばれる分野を切り拓いたため。人間が合理的だと仮定するのがそもそも無茶苦茶だったんじゃないか、と思われるかもしれません。個人レベルで見ればその仮定は確かに無茶苦茶とも言えると思うのですが、例えば、あるものの値段を高く見積り過ぎる人がいれば低く見積もり過ぎる人もいる事、さらに見積りの失敗に気付いたら修正するだろう*2、というような所まで考慮すると、そこまで的はずれな仮定ではないだろう、と考える事も可能です。KahnemanやAmos Tverskyが示したのは、人間の判断にはある特定の方向に揃ってズレる傾向(認知バイアス)があり、それが経済学での結論に影響を及ぼすことでした。


まず書いておきたい事は2つあって、1つは、この本は行動経済学の本である以前に心理学の本だという事。タイトルの「ファスト」と「スロー」は、人間の思考を行う主体が、即断型の「システム1」と熟考型の「システム2」に分けられる事に由来しています*3。本の主役は、この2つの思考プロセス。経済学への影響の話も本の後半に出てきますが、いくつかあるテーマの1つ、と言っていいと思います。


2つ目の前置きは、これは誰にでも当てはまる話だということです。目の錯覚が起きる、という画像を見ればほとんどの人が錯覚を起こすように、認知バイアスも、ある状況に置かれればほとんどの人が引っ掛かってしまうもの。そして、目の錯覚についての本を読めば錯覚が起こらなくならないのと同様、この本を読んでも認知バイアスがなくなるわけではありません。Kahneman自身が自分のバイアスに気付くエピソードも繰り返し登場するくらいで、判断の当事者になった場合、自分のバイアスを認識、修正するのは困難になります。この本で分かるのは、どのような場合にどのようなバイアスがかかりやすいのか、という知識と、そういったバイアスについて考え、話し合うための枠組みです。

"All men have opinions, but few think."*4

さて。本書の前半は、人間の判断のデフォルトはシステム1、いわゆる直感だという話。システム1の判断は、多くの場合には適切ですが、難しい問題についてはお手上げです。順序立てて考える能力を持っているのはシステム2ですが、システム2は怠け者。立ち止まって考えないといけないな、という認識がされるまでシステム2は起動しません…と言う話なのですが、これを僕がここで説明してもダメでしょう。Kahnemanは実験や身近な例えを散りばめながら、システム1とシステム2の特性を解説してくれています。読者それぞれが、読みながら自分の頭から湧いて出てきたアイディアや、過去の体験と当てはめて考えながら読み進めて欲しいです。


読みながら僕が考えた事の1つとしては、チェスや囲碁をしている際の頭の働きがあります。どちらのゲームでも*5、ある程度強くなってくると、良さそうな手が咄嗟に浮かんでくるようになります。この最初の勘が悪くない事は多いです。それはもちろんこれらのゲームでは、似たような場面で似たような手が良いことが多いから。ただ、この最初の勘が大きく外れている事も当然あります。最初に思いついた手より良い手を自分で見つけるためには、落ち着いて戦略を練ったり、順序立てて先の手を読む必要があります。最初の勘を出してくるのがシステム1で、戦略や読みで使われるのがシステム2、というわけですが、ここまではこのようなゲームの経験者なら当たり前の話だと思います。


Kahnemanの話のご利益は、どういった状況でシステム2が働くのかが書かれている事。僕が囲碁をやっていて一番驚いたのは、空腹の影響の強さです。空腹状態でも勘は働くのですが、時間をかけて手を読む事がほとんど出来なくなります。これは、システム2が作動している集中状態では、脳がエネルギーをいつも以上に消費している事で説明されます。お腹が減っている時には節約モードに入り、システム2は出来るだけ使わなくなってしまうわけです*6。これは、本を読む前から自覚症状のあったケースですが、自分では気付かないような裏技的なアドバイスもこの本には出てきます。

"The death of one man is a tragedy, the death of millions is a statistic."*7

システム1とシステム2が登場した後、これらの働きからどういった認知バイアスが生じ、実世界での人間の判断にどういった影響を及ぼすのか、という話に続きます。科学に関わるものとして特に興味深かったのは、人間の直感がいかに統計・確率的な考え方を苦手としているか、という部分。このブログでは以前、データを日常的に扱っているはずの科学者たちにとっても、統計を把握するのが難しいらしい事を指摘しました。


本に出てくる話に、その筋では有名なバスケットボール選手の「調子」についての研究があります。NBAなどの試合の放送見ていると、シュートを何本か続けて決めた選手について、"He has the hot hand"、などの表現で、次も決めるのじゃないかとアナウンサーが予想する事が良くあります。ところが、シュートの成功、失敗の順番を調べてみると、ランダムと区別が出来ない事が分かりました*8。シュートを連続で決めている選手が次にも決める事が多い気がするのは、幻想だという事です。


これに対するバスケ関係者の反応は、まず反発、そして無視でした。無視されているのは、今でも放送でそういった解説がされることから分かりますし、選手も監督も、味方の「調子の良い」選手にボールを回そうとし、相手の「調子の良い」選手をきつくマークします。「この選手は調子が良いから連続で決めている→次も決めるだろう」、というストーリーが、システム1にとって強烈すぎるのです。


スカウトなどの「専門家」の目より、統計分析の方が的確な結論を出すことがあるというのは、野球のMoneyballのテーマの1つでもありました。そしてスポーツだけではなく、今回のアメリカ大統領選挙でデータを元に予想した人達*9が、評論家たちに猛反発を受けた事も、統計というものが人間の求める「ストーリー」と相容れないもので、直感的に受け入れにくい事を示していると思います。その意味で、データを把握するために重要な「平均への回帰」が理解されたのがニュートンよりも200年も後だった、というのは納得の行くストーリー(笑)でした。

最後に

後半の行動経済学の部分は、個人の経済行動はもちろん、民主主義では市民が議論するべき政策に絡む話が出てきます。日本では、原発事故以降注目されるようになった色々なリスクの問題が、認知バイアスの例をいくつも提供してしまっているように思います。原発に限らず、紛糾している問題というのは何らかのバイアスが障害になっている場合が多くあります(アメリカなら、銃規制、地球温暖化、等々)*10。認知バイアスは誰もが影響を受けてしまうものだという事。特に、自分の信じている事を補強する話に注目してしまう「確証バイアス」の危険を、出来るだけ多くの人が認識した上で議論が進められるようにならないかと願っています*11


実は、僕が一番刺激を受けたのはまた違う部分で、最近Kahnemanが関わっている幸福度の研究*12の話でした。例として出てくる彼の研究にこのようなものがあります。まず、痛みを伴う治療の間、患者に苦痛の強さの変化を記録してもらいます。そして治療の後に、全体的にどれくらい苦痛だったかを評価してもらいます。これを比較して分かったのは、全体的な評価は、一番痛かった時の痛さと、治療の終わりの時点でどれだけ痛かったかに大きく影響される一方、苦痛だった時間の長さにほとんど影響されない事でした*13。リアルタイムで体験した苦痛を「合計」するのと、後になって思い出す苦痛の「合計」は、必ずしも一致しないという事です。


これは、倫理的な判断をするには行動の想定される結果をまず考えるべき、という帰結主義という考えにとっては大問題になります。例えば、いくら他人に苦痛を与える行為でも、相手が思い出せなければ問題ないという立場も可能なのではないか、などと考える必要が出てきます…という話は自分の興味に引っ張り過ぎかもしれないので割愛しますが、読む人それぞれの興味によって、深入りしたくなる部分がある本ではないでしょうか、というところで終わりにします。

*1:アルフレッド・ノーベル記念経済学スウェーデン国立銀行賞

*2:修正する能力がなければ市場から出て行く事になるだろう、等々

*3:一般向けの本という事で、用語の厳密性は著者自身が少し緩めているようです。

*4:ジョージ・バークリーの引用とされていますが、出典がちょっと調べただけでは分かりませんでした。

*5:技術を要求されるゲームでは大体そうでしょう。というか、「技術を要求される」、というのはそういう意味と言って良いかもしれません。

*6:Kahnemanの挙げる例には、裁判官が、空腹状態の時に仮釈放の判定に厳しくなる、という恐い話があります。S. Danziger, J. Levav, and L. Avnaim-Pesso, "Extraneous Factors in Judicial Decisions," PNAS 108 (2011): 6889-92.

*7:これはスターリンの引用とされていますが、(システム1に訴えかける)出来すぎた話らしいです。http://en.wikiquote.org/wiki/Stalin#Misattributed

*8:T. Gilovich, R. Vallone, and A. Tversky, "The Hot Hand in Basketball: On the Misperception of Random Sequences", Cognitive Psychology 17 (1985): 295-314.

*9:特にNate Silver

*10:もちろん、バイアスが認識されれば即解決されるとは思っていません。

*11:こんなジョークも見ましたが。

*12:というとなんか怪しいですね…(笑)

*13:D. A. Radelmeier and D. Kahneman, "Patients' Memories of Painful Medical Treatments: Real-time and Retrospective Evaluations of Two Minimally Invasive Procedures," Pain 66 (1996): 3-8.

ブログタイトル変更

私生活の方でトラブルがあり更新が遅れていました。ニュートリノシリーズの最後の2つ(予定)は今月、来月中に書けるはずですが、まずはブログタイトルを変えたのでそのお知らせと解説から。


まず、バークリーにはいなくなるのでタイトルを変えよう、というのは引っ越す前から思っていました。すぐまた引っ越すだろうし場所に依存しないものにしようとも(笑)色々考えたのですが、結局最初の方に考えた候補に戻って来ました。


由来は、原子核物理の父とも言われるアーネスト・ラザフォードの言葉。
"All science is either physics or stamp collecting."*1
(「全ての科学は物理学か、または切手収集だ。」)


物理以外の科学は観測などで得られた事実を集めているだけで、それを体系的に説明する事が出来ていない、と揶揄したものです。


まず、自分がこの意見には全く賛成しない事を強調しておきます。物理学の法則が全て分かれば他は瑣末なこと、のように思っている「還元主義者」の方が今でもたまにいますが、自然科学だけで考えても、例えば生物の進化過程などは物理法則の細部に全く依存しない法則で説明されるわけで、端的にこの考えは間違っているでしょう。


ではなんでこういうタイトルにするかというと…このブログでは最近物理の話が多いですが、専門外の話もするつもりです。そのような話をする際、実際に専門としてやっている人の考えと比べれば、自分の考えは体系的な理解のない切手収集レベルの可能性がある、という戒めです。もちろん、そうはならないよう努力するわけですが。


というわけで、今後もよろしくお願いします。

ヒッグスが大事な理由〜ニュートリノがなぜ検出しにくいのか?

ニュートリノがなぜ検出しにくいのか?という疑問に、ヒッグス粒子は深く関わっています。だらだらと書いているニュートリノのシリーズ物で、この話はしておきたいけれど上手く話に組み込めないな、と思っていたものなのですが、ヒッグス粒子と思われるものが発見されたことで自然に出来るようになりました。


ヒッグス自体の解説は、ここではほとんどしません。↓この辺で使えるものがあるでしょうか…
野尻美保子先生による、ヒッグス粒子の解説(分かりやすい、たぶん)改訂版 - Togetter(多分結構難しい、笑)
量子力学から始めようーー<ヒッグスの真空期待値>ってなによ - Togetter
真空のさざ波とHiggs粒子から、ぬいぐるみ(案)の改良まで - Togetter
野尻先生による、HIggs 講義(結構難解、含む関連話題) - Togetter
野尻先生による、HIggs 講義(結構難解、含む関連話題) Part.2 - Togetter
野尻先生による、HIggs 講義(結構難解、含む関連話題) Part.3 - Togetter
Hal Tasaki's logW 1207


このブログでは、統計の話「ヒッグスは99.98%の確率で見つかったのか? - 物理学と切手収集」と、ヒッグスに関する誤解の話「ヒッグス粒子には出来ないこと - 物理学と切手収集」を前回の発表の際に書きました。

相互作用の分類

素粒子物理の現行理論、標準模型では、素粒子の世界では3つの相互作用(「力」とも)があるとされています*1:電磁相互作用、強い相互作用、弱い相互作用*2


正の電荷を持った原子核と、負の電荷を持った電子を引きよせて、原子を作っているのは電磁相互作用です。化学反応も、このように原子核や電子の間に起こる力が原因ですし、身近に起こる現象のほとんどは究極的には電磁相互作用で説明がつきます。強い相互作用*3は、クォークを元に陽子や中性子を作り、さらにその陽子と中性子をまとめて原子核を作っています。


β崩壊や電子捕獲など、ニュートリノの関わる反応は残る1つ、弱い相互作用が起こしているものです。ニュートリノが検出しにくい直接の理由は、ニュートリノが電磁気力と強い力の影響を受けず、弱い相互作用でしか反応しないから、と言えます。弱い相互作用は、その名の通り影響が検出しづらいからその名前がついたのですが、これだけの話だと、なぜ弱い相互作用は弱いのか、という根本的な疑問が残ります。これが、ヒッグスに大いに関わる問題なんです。

相互作用は粒子の交換

今の素粒子の理論のほとんどは、「場の量子論」という枠組みの中で作られています。これは、(特殊)相対性理論と量子力学を組み合わせたもの。場の量子論では、2つの粒子の間に働く力は、もう1つの粒子を交換することで起こっていると理解されます。例えば、陽子と電子が引きよせあう電磁相互作用は、光子の交換で起こっています。ファインマン図と呼ばれる絵で表すと、下のようになります(時間は下から上に流れています)。



陽子と電子の片方が光子を1つ出して、もう片方が吸収する、という反応で、おたがいの運動を変えることが出来ます*4。光子は光を粒子として見たもので、質量を持っていません*5。このように質量を持たない粒子を交換する場合、遠くに離れた場合でも力はあまり弱くなりません*6


一方、交換される粒子が質量を持っている場合、力にはこの質量に反比例した射程距離が生まれてしまいます*7。湯川秀樹がノーベル賞を受賞した業績は、陽子や中性子を引きよせている力*8が、1フェルミ=1000兆分の1メートルほどの距離までしか働かない事を、質量を持った粒子の交換で生まれている力だからではないか、と説明したことでした。陽子と中性子の間で交換される粒子(の1つ)はπ中間子といって、陽子や中性子の10分の1くらいの質量を持っています。



β崩壊は「力」ではないですが、これも粒子の交換によって起こっています。ニュートリノの話の2回目で、こんな図を書きました。



↑では、反応の起こる場所は1つの点として描いてありますが、実はこれはズームが足りないんですね。もっと小さいスケールまでズームしてみると、Wボソンという粒子がβ崩壊を媒介しているのが分かります。



Wボソンの質量は、陽子や中性子のおよそ100倍。π中間子からするとおよそ1000倍です。π中間子の交換でまとめられている原子核の、さらに1000分の1の射程距離しかない作用だという事です。弱い相互作用が弱いのは、媒介している粒子がとても重いから、というわけ。そして、弱い相互作用を伝える粒子を重くしているのが、ヒッグス機構という仕組みなんですね。

電弱理論とゲージ対称性の破れ

ゲージ対称性とはなにか、という話をしっかりすると長くなってしまうので、短く言うと、ある決まり事にしたがって1つの場を他の場に書きかえても、理論が表している現象は変わらない、という(理論の持つ)性質の事です。


…と言っても、なんのこっちゃ?、でしょう。ゲージ理論(ゲージ対称性を持った理論)のご利益を話した方が早そうです。ゲージ対称性を指定すると、自動的に相互作用を伝える粒子(ゲージボソン)が現れてきます。そして、この粒子が他の粒子とどう反応するのかにも、きつい制約が付いてきます。素粒子物理学者というのは、シンプルなルールで自然が表せるんじゃないか、とまず考えて見る人種なので、対称性を指定するだけで素粒子の間で起こる現象が全部表せちゃったりしないか、と考えるのは自然なアイディアだったわけです。


弱い相互作用に関しては、レプトン数の保存*9が、背景に対称性があるのではというヒントになっていました。電子*10とニュートリノは、レプトンという1つの仲間なのではないか、ということです。そういう事だとしてゲージ理論を作ってみるだけなら、実は簡単に出来るのですが、ここで問題があります。ゲージ対称性が成立している場合、ゲージボソンには質量がないんです。つまり、弱い相互作用をゲージ理論で説明するには、元々あったゲージ対称性を破って、ゲージボソンに質量が現れる仕組みがないといけません。


弱い相互作用を説明するゲージ理論は、電磁相互作用と弱い相互作用を合わせた「電弱理論」というものです*11。この理論の元々のゲージ対称性には、4つの(質量のない)ゲージボソンが対応しています。とても大雑把な言い方なのですが*12、4つあるゲージ対称性のうち3つを破って、対称性が1つだけ残るようにすれば、質量のない光子と、質量を持つ3つのボソンがある理論になるわけです。弱い相互作用を伝えるのは、質量を持つ事になる3つのボソンになります。電荷を持つW+ボソンとW-ボソン、そして電荷を持たないZボソン*13


本物の電弱理論の対称性を視覚化するのは少し難しいですが、もう少しシンプルな例はあります*14。真ん丸なボールがあった場合、これをどのように回転させても、回転前と後の区別は出来ません*15。ですが、1つマーカーで点を付けると、この点の位置を動かさないような回転以外は区別が出来てしまいます。ある操作をしても区別できない、というのが「対称」の意味ですから、点を付けるのは元々ボールが持っていた対称性を破る事になるわけです。マーカーで付けられた点に回転軸を通した回転が、まだ破られていない対称性で、たまたまこれに対応するゲージボソンが、質量を持たないままの光子になります。


電弱理論のゲージ対称性が破れる前には、電子とニュートリノは区別できません。合わせて、レプトンという1つの名前で呼ぶべきものです。ゲージ対称性が破れるとレプトンは、たまたま光子になったゲージボソンと反応できる要素と、たまたまそれと反応できない要素に分かれてしまいます。反応できる部分が、電荷を持ったレプトン、つまり電子です。反応できない要素は電荷をもらえず、弱い相互作用でしか反応出来なくなり、検出しづらくなった。これがニュートリノ。


今回、新粒子を発見したLHCの入っているトンネルには、以前LEPという加速器が入っていました*16。LEPでは、電磁相互作用と弱い相互作用が元はといえば同じものだったのが、対称性が破れて違うものになった、というアイディアがどうやら正しいという事が示されました。残されていた謎は、ゲージ対称性がどうやって破られたのか。今回発見されたのがヒッグス粒子だとすると、この対称性を破った仕組み、電磁相互作用と弱い相互作用が別のものになった仕組みが解明された事になります。

*1:物理用語の力は、ものを加速(または減速)させる働きの事。

*2:重力は、標準模型の枠組みには含まれません。重力の理論である一般相対性理論と、量子力学を組み合わせた理論(いわゆる量子重力理論)はまだ自然を記述できる段階まで来ていないため。

*3:強い力、強い核力とも

*4:なんで斥力じゃなくて引力になるのか、という話は大変なので割愛…

*5:特殊相対性理論では、質量を持たないものしか光の速さでは動けません。

*6:力の働く2つの粒子の間の距離をrとすると、力の強さは1/r2に比例します。クーロン力と重力はこの「逆二乗の法則」にしたがう力で、これは未発見の重力子(グラビトン)も質量を持っていないと考えられる理由です。

*7:力が指数的に弱くなってしまう。量子力学では粒子は波で、ある距離を超えると交換される波の位相が合わず、打ち消しあう干渉しか起こらなくなってしまう、というのが理由(高度かも知れませんが)。

*8:強い相互作用の働きの1つ

*9:ここでした話

*10:とミューオンとタウオン。このフレーバーの区別は話の本筋ではないので無視しています。

*11:ワインバーグとサラムが提唱。

*12:対称群の生成元の数の話。

*13:W+とW-はお互いの反粒子なので、合わせて1種類と数える場合もあり。

*14:この例は、電弱理論のSU(2)×U(1)ではなく、SU(2)を破る場合に(ほぼ)対応。

*15:回転前の北極を、特定の緯度、経度の位置に持って行って、さらにその北極を通る回転軸に対して自転させる事が可能なので、回転を表すのに必要なパラメータは3つ。

*16:LHCが陽子と陽子を衝突させるものなのに対して、LEPは電子と陽電子を衝突させるものでした。

ニュートリノって何?(リンク集)

シリーズとして書いてるので、リンクを1箇所にまとめておきます。


ニュートリノって何?(その1〜ニュートリノ説誕生) - 物理学と切手収集
ニュートリノって何?(その2〜ニュートリノ発見) - 物理学と切手収集
ニュートリノって何?(その3〜ニュートリノの発生源) - 物理学と切手収集
ニュートリノって何?(その4〜パリティの破れ) - 物理学と切手収集
ニュートリノって何?(その5〜ニュートリノの種類) - 物理学と切手収集


予定(???):
ニュートリノって何?(その6〜ニュートリノ振動)
ニュートリノって何?(その7〜未解決問題)


番外編:
ヒッグスが大事な理由〜ニュートリノがなぜ検出しにくいのか? - 物理学と切手収集

ニュートリノって何?(その5〜ニュートリノの種類)

ここまでの話↓
ニュートリノって何?(その1〜ニュートリノ説誕生) - 物理学と切手収集
ニュートリノって何?(その2〜ニュートリノ発見) - 物理学と切手収集
ニュートリノって何?(その3〜ニュートリノの発生源) - 物理学と切手収集
ニュートリノって何?(その4〜パリティの破れ) - 物理学と切手収集


このシリーズは、最近20年くらいの発見、それから今後の研究テーマの話で締めくくろうと思うんですが、そういった進展中の話をする前に、ハッキリと分かっている事を書いておかないといけません。今回は、「標準模型」と呼ばれる素粒子物理の現行理論での、ニュートリノの扱いをまとめます。主に、ニュートリノには何種類あるのか、という話です。

ニュートリノと反ニュートリノ、レプトン数

シリーズをここまで読んできて、そもそもニュートリノと反ニュートリノの区別をなんでしているの?という疑問を抱いた人がいるかも知れません…というか抱いて欲しいかも知れません。「β崩壊で、もう1つ粒子が出てきてないと困る。」→「見つかった!」→「これが"反"ニュートリノだ。」って流れはおかしいでしょう(笑)なぜこの区別が必要とされているのか、そしてなぜβ崩壊で出てくるのが反ニュートリノとされているのか、説明します。


その3で、太陽からニュートリノが出てきている話をしました。これを最初に発見したのはレイ・デイヴィスの、塩素を使った実験でした*1。でっかいタンクから空気を抜いて、塩素を含んだドライクリーニングの洗浄液で詰めます。ニュートリノと塩素-37が反応して出来るのは、アルゴン-37。アルゴンは希ガスなので、作られた後は化学的にほとんど反応せずに気体のままで残っています。どれくらい太陽ニュートリノの反応が起こったか調べるには、タンクの中にどれだけアルゴンのガスが出来ているか測れば良い、という手品のような実験でした。



デイヴィスは、この塩素の実験装置を原子炉の近くにも置いて、反応が起こるかどうか調べました。すると、原子炉から出てくる(反)ニュートリノからは、アルゴンは作られませんでした。太陽から出てくるものと、原子炉(β崩壊)から出てくるものは、別の粒子だというわけです*2



ではなぜ、太陽から出てくるのがニュートリノで、原子炉から出てくるのが反ニュートリノなのでしょう。これは、ニュートリノを電子の仲間として考えると分かります。電子や、その重いバージョンのミューオン、そしてさらに重いタウオンという素粒子は、まとめてレプトンと呼ばれます*3。どれもスピンが1/2で、原子核の中で働く強い核力*4の影響を受けません。ニュートリノのスピンも1/2で、強い核力の影響は受けません。つまり、ニュートリノもまとめてレプトンという事にするのが一貫した考え方になります。


電子、ミューオン、タウオンはどれも負の電荷を持っていて、それぞれに対応した、正の電荷を持った反粒子があります(陽電子、反ミューオン、反タウオン)。「物質と反物質がぶつかると爆発する」というような話を聞いたことがあるかも知れないのですが、これは例えば電子と陽電子がぶつかると光を発して消えてしまう、対消滅という現象を表したものです。


逆に、電子と陽電子が一緒に現れる対生成という現象もあるので、電子が増えれば陽電子も同じ数増えて、電子が減ったら陽電子も同じ数減るのかな?というアイディアが浮かびます。いいかえると、「電子の数-陽電子の数」は変わらない法則があるのかも、という案です。


ただ、これまで紹介してきたニュートリノの関わる反応では、この法則は成立しません。例えばβ崩壊では、電子の数が1つ増えますが、陽電子が一緒に現れはしません。そこで、電子だけではなく、レプトン全体の数で考えてみます。「レプトンの数−反レプトンの数」が変わらない法則、という案です。β崩壊で出てくるのが反ニュートリノだとすると、電子が1つ増えて、反ニュートリノが1つ増えています。レプトンが1つ増えれば、反レプトンも1つ増えています。


その2で出てきた反応を1つ1つチェックしてもらえると、レプトンの数−反レプトンの数が、どの反応でも前後で変わらないのが分かります。これをレプトン数の保存則、と言って、この法則に反する現象は今まで観測されたことがありません*5


ところで、レプトン数の保存さえ覚えておけば、色んな反応で出てくるのがニュートリノなのか、反ニュートリノなのか、暗記する必要はなくなります。例えば電子捕獲では、電子が1つ消えてしまうので、レプトン数を保存するためには反ニュートリノではなくニュートリノが1つ出てこないといけない、と分かりますね。

フレーバー

ニュートリノ/反ニュートリノ、左利き/右利きという区別以外に、ニュートリノを分類できるのかというと、できます。電荷を持ったレプトンに電子、ミューオン、タウオンの3種類あるのと同じように、ニュートリノにも3種類あるんですね。この3種類のニュートリノには、電子ニュートリノ、ミューニュートリノ、タウニュートリノ、という安直な名前がついているんですが、この区別の意味は、電子・陽電子の関わる反応では電子ニュートリノ、ミューオン・反ミューオンが関わる反応ではミューニュートリノ、タウオン・反タウオンの関わる反応ではタウニュートリノが一緒に関わってくる、という事です。


例えば、β崩壊で出てくるのは電子。という事は、β崩壊で出てくる反ニュートリノは、反電子ニュートリノになります。そして原子炉ニュートリノの実験では、反電子ニュートリノが原子核に当たると、陽子を1つ中性子に変えて、陽電子を作る事が示されました。どちらも、1つ目のフレーバーだけが関わる反応ですね。原子炉のニュートリノから、いきなり反ミューオンや反タウオンが作られる事は無い、という事です*6


ニュートリノに、このフレーバーの違いがあると分かったのは、1962年のレーダーマン、シュワーツ、スタインバーガーらの実験からでした*7その3の大気ニュートリノの話で出てきたように、π中間子という粒子はミューオンと反ニュートリノ*8に崩壊します。フレーバーの区別が無いとすれば、この崩壊で出てきた反ニュートリノは、原子炉から出てくる反ニュートリノと同じように検出器で陽電子を作れるはずです。実際には、π中間子の崩壊で出てくる反ニュートリノは、反ミューオンを作ることはあっても、陽電子を作ることはありませんでした。


まとめ

長くなりましたが、ニュートリノは1/2のスピンを持つフェルミ粒子で、2×3=6種類あることが分かりました。



まず、ニュートリノと反ニュートリノの区別。太陽から出てくるのがニュートリノで、原子炉やβ崩壊で出てくるのが反ニュートリノとすると、レプトン数が保存されます。知られている限り、ニュートリノは常に左利き、反ニュートリノは常に右利きで、これはパリティ対称性の破れをしめす大事な性質でした。


そして、ニュートリノや反ニュートリノは、電子/ミューオン/タウオンのどれかに対応しています。この区別がフレーバー。電子ニュートリノは電子を作る事は出来ますが、ミューオンを作ることは出来ません。


最後に標準模型では、ニュートリノは質量を持っていないとされています。β線のスペクトルから、ニュートリノの質量はかなり小さいとされていましたが、標準模型の枠組み内では、ヒッグス場とニュートリノのあいだに働く力はなく、ヒッグスが他の素粒子に質量を与えた仕組みはニュートリノに関しては成り立ちません*9


次回、ニュートリノのフレーバーが、実は固定されたものではない事、そしてニュートリノには小さいけれど質量がある事を示す、「ニュートリノ振動」という現象の話です。

*1:デイヴィスのノーベル賞受賞記念講演に、この辺りの回想も入っています。ビデオとPDFがノーベル賞公式サイトにあります。「http://www.nobelprize.org/nobel_prizes/physics/laureates/2002/davis-lecture.html

*2:前回、原子炉から出てくるのは右利き、太陽から出てくるのは左利きの粒子と書きました。この2つは、実は同じ粒子で、スピンの向きが違うだけ、という可能性も残されています。ニュートリノが「マヨラナ粒子」だという説なのですが、これについては未解決問題として続きを書きます。

*3:「軽い」という意味のギリシャ語から付けられた名前ですが、その名前が付いた後に見つかったタウオンは実は陽子や中性子よりも重いです。

*4:クォークをまとめて原子核やπ中間子などを作る力。

*5:これは、ニュートリノがマヨラナ粒子の場合には守られません。これについては後ほど。

*6:これは次回、ニュートリノ振動で覆されてしまうのですが…

*7:Danby et al., Physical Review Letters 9, 36 (1962).

*8:または反ミューオンとニュートリノ

*9:ヒッグス場とニュートリノ場の間に、ゲージ対称性を持った、くりこみ可能な相互作用が無い、という事です。

ニュートリノって何?(その4〜パリティの破れ)

ここまでの話↓
ニュートリノって何?(その1〜ニュートリノ説誕生) - 物理学と切手収集
ニュートリノって何?(その2〜ニュートリノ発見) - 物理学と切手収集
ニュートリノって何?(その3〜ニュートリノの発生源) - 物理学と切手収集


今回は、ニュートリノのスピンという性質の話と、パリティ対称性の話をします。繋がった話です。

スピン

素粒子のイメージ図を描く時、普通は点や球のように描かれますが、実はほとんどの素粒子は、放っておいても角運動量を持っています。この角運動量を、スピンといいます。直感的には、粒子が「自転している」というイメージで良いです。ただ、特定の粒子はどれも一緒の角運動量を持っていることなど、不思議な部分もあります。そもそもなんでこんなものがあるのかという説明は、量子力学と相対性理論に深入りしないと出来ないので、割愛させてもらいます。


スピンは、ディラック定数、ℏ(エイチバー)、という量の整数倍または(整数+1/2)倍で表すことが出来ます。例えば、電子のスピンはℏ/2。光の素粒子、光子のスピンはℏ(以降、ℏは省略して、ℏ/2は1/2、ℏは1と書きます*1)。電子のように半整数(整数+1/2)のスピンを持った粒子はフェルミ粒子、光子やヒッグス粒子(スピン0)のように、整数のスピンを持った粒子はボース粒子といって振る舞いに大きな違いがあります*2


陽子や原子核のように素粒子がまとまって出来た複合粒子の場合、フェルミ粒子が奇数個入っている時には全体のスピンは半整数(整数+1/2)、つまりこの複合粒子もフェルミ粒子になります。逆に、偶数個のフェルミ粒子が入っている場合には全体のスピンは整数になり、これはボース粒子です*3。クォークはスピン1/2を持つフェルミ粒子で、陽子や中性子はクォーク3つからできています*4。3は奇数なので、陽子と中性子もフェルミ粒子になります(どちらもスピンは1/2)。整数のスピンをもつ複合粒子の例としては、陽子と中性子が1つずつくっついた重水素の原子核などがあります。



さて、ニュートリノの場合はどうなのかというと、ニュートリノは電子と同じように1/2のスピンを持ったフェルミ粒子です。実はパウリがβ崩壊のデータからニュートリノを予想したのは、その1で説明した理由に加えて、角運動量の保存も破れているように見えたからでした。ニュートリノが無かったとすると、β崩壊は中性子が陽子と電子になる反応です。最初の状態は中性子があるだけなので、角運動量は中性子のスピンの1/2だけ。崩壊後の状態には陽子と電子が1つずつ。どちらもフェルミ粒子なので、足し合わせるとどうやっても整数倍の角運動量になってしまいます。フェルミ粒子がもう1つ出てきてくれないと、角運動量が前と後で同じ、という風に出来なかったんですね。ニュートリノのスピンが1/2、というのはその後の実験からも正しいとされています。

利き手?

このブログを読んでいるような方だと、「パリティ対称性の破れ」とか、「左利き」または「左巻き」のニュートリノとか言う言葉を見たことがあるかも知れません。どちらも、ニュートリノのスピンに関わる話です。


まず、粒子の右利き、左利きの意味から。これは、粒子の動く方向と、スピン、つまり自転の方向の関係を表す用語です。親指を立てた方向を進行方向だとして、他の指を丸める向きに自転している粒子を考えると、右手と左手で回転方向が逆向きになるのが分かります。



スピンの方向がどちらの手で表せるのかが、粒子を左利き・右利きで区別する意味です。鏡に映すと、右利きの粒子は左利きに、左利きの粒子は右利きになる事も分かります。


さてここで問題。実際の世界と、それを鏡に映した世界は区別できるでしょうか?できるなら、どうやって区別すればいいでしょうか?


右と左をどう区別すればいいか説明しようとした事があれば、難しさが分かると思います。最終的には、実際に例を目の前で見せるしかなかったのではないでしょうか。物理学者の間でも、1957年まで、物理現象を使って左右を区別する方法はないと考えられていました*5。この、空間全体を鏡に反射したようにひっくり返しても、物理の法則は変わらない、という性質をパリティ対称性と呼びます。


パリティ対称性が現実の世界では成立しない可能性を指摘したのが李政道(T. D. Lee)と楊振寧(C. N. Yang)。初めてその破れを示したのが、呉健雄(C. S. Wu)のβ崩壊の実験でした。3人とも中国系アメリカ人(呉は女性)*6。この実験で使われたのは、コバルト-60というβ崩壊する原子核。この原子核のスピンは5で、磁場をかけることでスピンを磁場の方向に揃える事ができます。さて、β崩壊では電子と反ニュートリノが出てきます。その1で説明したエネルギーと運動量の保存則から、電子と反ニュートリノはほぼ反対の方向に出てくることが多くなるのですが、電子の出やすい方向、反ニュートリノの出やすい方向というのはあるでしょうか?



もしパリティ対称性が成立するとすれば、鏡に映した↑の2つの出来事は、同じ確率で起こるはずです。でなければ、右と左が区別できてしまいますから。電子(e-)の進む方向と、コバルトのスピンの関係を、どちらの手で表せるか、右と左の図で考えてみてください。左の図では左手、右の図では右手になるのではないでしょうか*7。つまり、元のコバルトのスピンに対して、右手になる方向と、左手になる方向では、同じ数の電子が出てくる、というのがパリティ対称性が正しかった場合の予測になります。


実際には、図の左側の方が多く観測されました。パリティ対称性が破れていた、という事なんですが、これはどういう事でしょう?


コバルト-60のスピン角運動量は5、β崩壊後のニッケル-60のスピンは4です。角運動量を保存するには…



反ニュートリノのスピンと電子のスピンも、元のコバルトのスピンと同じ方向を向いていないといけません。進行方向と比べると、β崩壊で出てくる反ニュートリノは右利き、電子は左利きという事になります。反ニュートリノが右利きの粒子、というのを覆す実験というのはいまだにありません。


反ニュートリノではなく、ニュートリノの巻き方も調べられています。その2で解説したように、電子捕獲では反ニュートリノではなくニュートリノが出てきます。電子捕獲の起こる原子核を使って、ニュートリノは左利きだという事を示したのがゴールドハーバー、グロッジン、サンヤーの実験でした*8。これは、実験屋さん達の間ではニュートリノ実験の歴史で一番美しい、と言われているらしいので解説したいのですが、長くなったので書くとすれば番外編で…


パリティ対称性の破れの発見は、当時の物理学者たちにとっては相当のショックだったようです。実験装置を横に動かしても、違う方向に向けても、結果は変わらないのだから、鏡に映しても変わらないだろう、というのは常識的な予測でしょう。現在知られている限り、パリティ対称性が破れているのは、ニュートリノが関わっている「弱い相互作用」だけです。重力も、原子をまとめている電磁気力も、原子核をまとめている強い相互作用も、右と左の区別をしません。人間がみんな左右の区別を忘れてしまったら、β崩壊する原子核を磁場に置いたりしないと分からないんですね*9


次回は、ニュートリノの種類についてです。

*1:これは、ℏを単位として角運動量を測る、という事で、全く問題ありません。

*2:ここで詳しくは説明しません。気になった方は調べてみてください。

*3:スピンを2倍すると、フェルミ粒子の場合奇数、ボース粒子の場合偶数になりますね。そこから考えて、奇数と奇数を足し合わせると偶数になる、のような発想でOKです。ただ、スピンは角運動量だからベクトル量です。角度をずらして足したら、1/2と1/2を足して1/2に出来るんじゃないの?というツッコミが可能です。この謎は、量子力学での角運動量の扱いを根本から説明しないと解決出来ません。

*4:これも厳密には微妙な表現…

*5:左右を反転しても、現象の起こる確率は変わらない、ということです。

*6:T. D. Lee and C. N. Yang, Phys. Rev. 104, 254 (1956); C. S. Wu et al., Phys. Rev. 105, 1413 (1957). ほぼ同時に(同じジャーナルに続いて掲載)、ミューオンの実験でもパリティの破れが発見されました。 R. L. Garwin, L. M. Lederman, and M. Weinrich, Phys. Rev. 105, 1415 (1957).

*7:上下逆にして描けば良かった…(笑)

*8:M. Goldhaber, L. Grodzins, and A. W. Sunyar, Phys. Rev. 109, 1015 (1958).

*9:冗談ですよ〜

ニュートリノって何?(その3〜ニュートリノの発生源)

ここまでの話↓
ニュートリノって何?(その1〜ニュートリノ説誕生) - 物理学と切手収集
ニュートリノって何?(その2〜ニュートリノ発見) - 物理学と切手収集


前回のおさらい:ニュートリノは、原子核がβ崩壊したり、電子捕獲をする時に作られて、原子核にぶつかると吸収される事があります。原子炉から出てきたニュートリノがターゲットの原子核に吸収されるのが観測された事で、ニュートリノ発見となりました*1


さて、ニュートリノは原子炉からだけではなく、色々なものから出ています。今回はニュートリノはどこから出てきてるのかという話。

太陽

原子炉からニュートリノが出てくるのは、中にある放射性物質がβ崩壊をして、電子と反ニュートリノが出てくる、という仕組みでした。β崩壊は、中性子が陽子に変わる反応です。前回見たように、中性子が陽子に変わったり、陽子が中性子に変わる際には、ニュートリノが出てきます。世界に色々な元素があって、生命が可能になっているのはこういうプロセスのおかげ*2。それが起こっている場所からはニュートリノが出てきている事になります。


陽子と中性子の入れ替わりが起こっている場所の一番身近な例は、太陽。太陽が何で出来てるかというと、↓こんな感じ。



太陽の質量のほとんどは水素とヘリウムの原子核で、他には炭素や酸素の原子核。これらの原子核と、電子が飛び交っているのが太陽、という事になります。太陽が「燃えて」いるのは、主に水素をヘリウムに変える反応のためです。普通の水素の原子核は陽子1つだけ。その4つが「核融合」して、陽子2つ、中性子2つでできたヘリウムの原子核になります。人間が核融合発電をする日が来るのかは謎ですが、今使っているエネルギーのほとんどは元をさかのぼれば太陽での核融合のエネルギーです*3



この反応では、4つの陽子のうち2つが中性子にならないといけません。太陽がヘリウムの原子核を1つ作るたびに、ニュートリノが2本出てきてるという事になります。この反応*4は昔から研究されていて、どういうニュートリノが出てくるのかも良く分かっています*5



色々なルートで陽子(p)がヘリウム-4(4He)になり、途中でニュートリノ(ν)が出てくるのが分かります。


↓ニュートリノで撮った太陽の「写真」なんてものもあります*6。岐阜県神岡町のスーパーカミオカンデで観測されたニュートリノの量をプロットすると、こんな絵が出来るんですね。ただこれ、解像度はかなり悪く、中心の明るい部分は20度くらいの広がりがあります(笑)


超新星

他の恒星でも核融合は起こっています。ただ、太陽以外で一番近いケンタウロス座α星*7でも、太陽の30万倍近くの距離なので、出どころが特定できるような観測は地球では出来ません。安定して燃えている星ではダメで、もっと一気にニュートリノを放出してくれる事がないと、遠くの星からのニュートリノは見えないんです。というわけで、超新星爆発です。大雑把に、II型超新星というタイプの超新星爆発の仕組みを解説します。


このタイプの超新星で何が爆発するかというと、太陽よりも10倍くらい重い星になります*8。このような重い星の中心では、核融合でどんどん大きな原子核が作られていって、最終的に鉄の原子核が作られます。鉄-56が一番安定した原子核なので*9、鉄より重い原子核はほとんど作られません。鉄になったら燃料切れ、と言う事です。


燃料切れになると、鉄で出来た星の中心は自らの重みに逆らえずに潰れてしまいます。具体的にどうなるかというと、鉄の中にある陽子が電子を吸収して、中性子のかたまりになってしまいます。これが中性子星のたまご。陽子が中性子に変わるこの時に、大量のニュートリノがまず作られます。



*10


星の中心が潰れた後、周りの物質は一気に真ん中に向かって落ちていきますが、中心が中性子星の大きさまで潰れると、それ以上潰せないので跳ね返されます。



この、一番密度と温度の高くなった時に、普段は起こらない方法で*11ニュートリノが作られて、放出されます。光は、そこらの電子などに当たってなかなか星の外に出られませんが、ニュートリノは比較的スルリと出てきてしまうので、実は超新星爆発のエネルギーの大半は、この爆発開始後10秒くらいのニュートリノによって放出されます。


超新星ニュートリノが観測されたのは1987年のこと。16万光年離れた大マゼラン銀河で起こった超新星の時でした。この時、カミオカンデなどのニュートリノ検出器で合計24個のニュートリノが観測されました。実はこの超新星からは、ニュートリノの方が光で爆発が見える3時間先に観測されています。これは、ニュートリノが光より速いという事ではなくて、前の段落に書いたようにニュートリノの方が光より出て来やすい、という事です。ニュートリノが放出された後も、光は閉じ込められてたんですね。ニュートリノが3時間しか早く届かなかった、というのは、去年のOPERAの発表の際、ニュートリノが光速を超えている可能性は低いと考えられる理由にも挙げられました。*12

大気

もう1つ宇宙に関わるニュートリノ源があります。地球から大気圏の外に出ると、放射線が増えるというのはご存知かもしれません。これは、陽子や電子、原子核などが飛び交っているからです。これが宇宙線。地上には、大気と地磁気のおかげで宇宙線のうちごく少量しかたどり着きません。


さて、宇宙線が大気にさえぎられる時にはどういう事が起こるんでしょうか。下に描いたのは、これでニュートリノが作られる代表的な反応です。



まず、宇宙線の陽子が空気中の原子核*13に当たります。この時に、π(パイ)中間子という粒子が作られる事がよくあります。湯川秀樹が予測した核力を伝える粒子ですね。電荷を持ったπ中間子は、ミューオン(または反ミューオン)という粒子に崩壊します*14。この際に、まずニュートリノが1本出てきます。


ミューオンは、電子をそのまま重くしたような粒子で*15、これまた不安定な粒子で、崩壊する時には電子(反ミューオンの場合は陽電子)とニュートリノを2本出します。電荷を持ったπ中間子が作られるたびに、ニュートリノが合計3本出てくるわけです*16。ミューオンは、次回のニュートリノの種類の話に深く関わってきます。


以上、太陽ニュートリノ、超新星ニュートリノ、大気ニュートリノが、自然界で観測されている主なニュートリノ3種類でした。自然にあるβ線を出す放射線物質もニュートリノ源ですが、この3つと比べると数は少なくなります。ただ、この「地球ニュートリノ」を使って、地球の内部を探ろうという研究もあります*17

加速器

現代のニュートリノ実験で重要な人工のニュートリノ源は、原子炉の他に粒子加速器があります。OPERA実験で使ったのも、スイスのCERNで人工的に作られたニュートリノでした。どうやって作るかというと、実は↑に描いた大気ニュートリノの図そのまんまです。ターゲットに陽子をぶつけて、π中間子→ミューオン→ニュートリノ、と作るんですね。


ニュートリノに関しては、人間の考えるような事は宇宙がもうやっているようです。


次回、パリティ対称性の破れとニュートリノの関係、そしてニュートリノの種類について書こうと思います。(書きました

*1:ニュートリノと反ニュートリノの区別は、今回はしません。この区別については、多分次回。

*2:この話もいつかしたいです。

*3:例外は原子力発電と地熱発電。

*4:陽子-陽子連鎖反応、ppチェインなどと呼ばれます。

*5:図は「[0808.0735] Neutrino Astrophysics」より。

*6:APOD: June 5, 1998 - Neutrinos in the Sun」より。

*7:正確にはプロキシマ・ケンタウリ

*8:違うタイプの超新星は、爆発する元の星が違います。例えばIa型の元は白色矮星と考えられています。

*9:厳密には、核子ごとの質量が最小の原子核が鉄-56。核子ごとの束縛エネルギーは、ニッケル-62の方が大きいですが、これはニッケル-62の中性子(陽子よりわずかに重い)の割合が高いため。

*10:中性子星は途中で面倒になった(笑)実際には100%中性子ではなく、陽子と電子も少量混じっています。

*11:ズルですが、説明すると長くなるので失礼…

*12:例:「Supernovas and Neutrinos | Of Particular Significance 」、「ryugo hayano on Twitter: "この割合で早く届くなら1987aの場合は4年早く届いた計算に! @Mihoko_Nojiri: これ、データ収集の時間レスポンスどうやって評価してると思います? http://t.co/A4jdnES1 @bunogeto"

*13:窒素や酸素が主のはずですね。

*14:中性のπ中間子もあって、これは主にγ線2本になります。

*15:質量は電子の約200倍。電荷など一緒。

*16:小さい確率で、π中間子が直接電子に崩壊することもあります。

*17:KamLAND | カムランド実験のやさしい紹介 ~ニュートリノの謎に迫るカムランド実験~