ヒッグス粒子には出来ないこと

前回の「ヒッグスは99.98%の確率で見つかったのか? - 物理学と切手収集」は、読んでいない方にはまずおすすめします。前回は、ヒッグス粒子の発見の確率の誤解に話を絞りたかったので、物理の話はあえてしませんでした。今回は、僕が見かけたヒッグス粒子の物理の誤解について。


前回と比べてしまうと、予備知識が大量に必要かと思います。質問があったら聞いてください。

ヒッグス粒子vsヒッグス場

一番難しいところから…*1


「空間がヒッグス粒子で満たされる事で質量が生まれる」、のような説明が良くありますが、これは間違いです。空間を満たしているのは、ヒッグス場*2。言葉だけではとても満足な説明が出来そうにはないのですが、ヒッグス場という海が空間を満たしていて、ヒッグス粒子はそこで起こる波のようなもの、というのが、今のところ思いつく限りの表現です。




本当にこの辺を知りたい人は、場の量子論というのを勉強する必要があると思います。これは大変。*3


この下は、ヒッグス場にも出来ないこと。(12/23 9:00 追加)

「万物の質量の起源」

これは朝日などから。


ヒッグス場が質量を与えているとされるのは、陽子や中性子を構成しているクォーク、電子などのレプトン、弱い力を媒介するWボソンとZボソン、です。日常生活で出会う物質は、陽子、中性子、電子の3つで出来ているので、ヒッグスが全部の物質に質量を与えているんだ、と思われるかも知れません。


でもこれも間違い…残念ながら。陽子や中性子はクォーク3つで出来ている、と言うのがクォーク説の大雑把な内容ですが、陽子、中性子と、クォークの質量を比べてみると大変なことが分かります。MeVという単位で測ると、陽子と中性子の質量は約900MeV。これらを構成しているはずのクォークの質量は、10MeVもないと考えられています。10にならないものを3つ足して、900になるとはどういう事でしょう??


実は、陽子や中性子の質量の大部分は、中を動き回っている素粒子の運動エネルギーです。これはヒッグスとは無関係*4


アインシュタインの有名なE=mc2という式は、「質量はエネルギーに変えられる」という風に説明されることが多いように思います。この式の本当の意味は、「(相対論的)質量はエネルギーの量を表していて、c2を掛ければエネルギーに換算できる」という事です。(この「相対論的質量」というのが、普通に「質量」と言った場合に意味する静止質量ではない事も誤解の元*5。)


陽子や中性子が1ヶ所にとどまっている場合でも、中にあるクォーク、クォークを繋ぎとめているグルーオンという粒子、そして生まれては消えるクォークと反クォークのペアは、せわしなく動きまわっています。この内部の運動のエネルギーが、陽子や中性子の質量として観測されるわけです。*6


あ、あとニュートリノの質量の元は、ヒッグスが原因、と言う説が有力ですが、未解決問題と呼んでいいと思います。(12/20 0:39 修正)

重力を起こす

質量、と聞いたら重力を思い浮かべるのは、ある意味仕方がないですね。ただ、ヒッグス粒子と重力には関係があるとは考えられていません。これは、幾つかの誤解が混ざっているように思います。


まず、質量がないと重力が働かない、というのは間違い。現行の重力の理論はアインシュタインの一般相対性理論ですが、この理論によると、あらゆるエネルギーに重力は影響を及ぼします。重力レンズ効果といって、光が天体の重力によって曲げられる現象も観測されています。


次に、物理学者たちは、素粒子のレベルで重力を記述することには成功していません。ヒッグス粒子を予測している標準模型という素粒子の理論には、重力は含まれないんです。*7


最後に、質量は重力が働くもの、というだけの理解もちょっと問題です。学校の物理学で最初の頃に習うのが、ニュートンの第二法則、F=maという公式です。これは、物体に同じ強さの力(F)が働いた場合、その物体の加速度(a)は質量(m)に反比例する、というもの。重力と全く関係なく、重いものほど動かしにくいんです。(12/20 12:58追加:この段落は、「慣性質量」の話ということで合ってます)

要するに

ヒッグス場が、素粒子に質量を与える事で、動きにくく*8してる。*9


そして、ヒッグス「粒子」の発見は、ヒッグス場の存在の証拠となるわけです。


とても大雑把な説明なので、省いた部分が沢山あります。これは大事だな、と思う疑問があれば、この下に追記として説明を加えるかも知れません。間違いの指摘はもちろん歓迎ですし、これも誤解なのでは?、という観測情報も気になります。

*1:これはもっと良い説明があったら教えて欲しいです。むしろ物性の人とかが知ってそう。

*2:もっと厳密には、ヒッグス場の真空期待値が0ではなくなる事で、素粒子に質量が与えられます。

*3:特殊相対性理論と量子力学を統合した枠組みで、現行の素粒子物理の理論はこの枠組の中で組み立てられています。

*4:追記:2012/7/4 18:48、もう1つの説明は、カイラル対称性の自発的破れによって、ハドロンは質量を持つことが出来る、というものですが、これはこの記事で書くには多分難しすぎます。

*5:でもこれ以上説明するのめんどくさい…

*6:クォークやグルーオンの間に働く力は、「強い相互作用」と呼ばれていて、QCD (Quantum chromodynamics、量子色力学)という理論で説明されます。

*7:これは、重力が極端に弱いからですが、これもちょっと面倒だから割愛。

*8:止めにくくも(2012/7/11 0:32追加)

*9:怒られそう…

ヒッグスは99.98%の確率で見つかったのか?

(追記:2012年7月4日に、ヒッグス粒子と思われる粒子の発見が発表されました。この記事は、2011年12月のもの。)
13日にスイスのCERNで、理論によって予測されているヒッグス粒子という素粒子の探索について発表がありました。この発表後の、日本の新聞記事にいくつかリンクします。


http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20111213-OYT1T01268.htm
http://www.asahi.com/science/update/1213/TKY201112130615.html
http://mainichi.jp/select/science/news/20111214ddm001040020000c.html


読売の記事は、見出しに「99・98%の確率で見つけた」。朝日は、「存在する確率」が「ATLASチームは98.9%、CMSチームは97.1%」と発表したという記述。毎日は、「特定の範囲内のデータがヒッグス粒子由来と判断できる確率は98・9%」と書いています。


結論から言ってしまうと、このように「○○%の確率で発見」とか、「ヒッグス粒子が存在する/ヒッグス粒子由来の確率が○○%」と書かれているものは、全て間違っています。


正しい説明の例としては、Caltechの大栗博司教授のブログ記事「ヒッグス粒子」がありました。今回の発表で分かったのは、「99.98%の確率で見つけた」という事ではなくて、まぐれでは5000回に1回(0.02%の確率で)しか起こらないデータが出た、という事です。


大栗教授のブログは統計の部分に話を絞ったものではないので、これだけではどこが問題なのか分からないと思います。この記事で少し詳しく説明してみます。

コイントスは公平かどうか?

ヒッグス粒子のように予備知識が必要な問題ではなく、コイントスの例で考えてみます。


あなたはある日、財布の中に入っていたコインを投げると、表が出る確率と裏が出る確率が同じなのかふと気になりました*1。気になってしょうがないので、コインをとにかく投げてみます。実験です。


2回投げて、2回とも表が出たとします。ここで、「あ!このコインは表ばっかり出るんだ!」と思う人は流石にいないでしょう。なぜなら、表と裏が半々の確率で出るコインだったとしても、2回とも表が出る確率は1/4、つまり25%もあるからです。まぐれでもよくある事なので、コインが公平な可能性はまだ除外できない、という事です。


まだ分からないのなら、もっとデータを集めないといけません。10回投げてみて、表が出た回数は7回だったとします。ここで「分かった!このコインは70%の確率で表が出るコインだ!」と言っていいでしょうか?ほとんどの人はこの場合にも、まだ結論を出すには早い、と考えると思います。


ここでちょっと、グラフを出します。公平なコインを10回投げた場合、n回表が出る確率のグラフです。*2



10回コインを投げて、表がちょうど7回出る確率は11.7%で、7回以上出る確率を全部合わせると17.2%あります。まだまだ、まぐれで出てもおかしくなさそうだという事です。


という事は、まだデータが足りない。気合を入れて、100回投げてみます。その結果、70回、表が出ました。もう、「このコインは公平じゃない!」と言っていいのでしょうか?公平なコインを100回投げた場合の確率の分布を、またグラフにしてみます。



公平なコインを100回投げて、70回以上表が出る、という事はほとんど無い事がわかります。計算してみると、0.004%というとても小さい数字になります。これは25,000回に1回という確率です。


ここまで来れば、このコインは表を出しやすい、と結論してほぼ間違いないでしょう*3。さて、この話がヒッグス粒子とどう関係があるのでしょうか。

有意

「ヒッグス粒子を発見した!」と発表するためには、「このコインは公平じゃない!」と発見するのと同じ手順を踏まなければなりません。つまり、「コインが公平だったらこんな事は起こらない」というデータを出したのと同じように、「ヒッグスが無かったらこんな事は起こらない」というデータを出す必要があるわけです。


この、「まぐれでこんな事は起こらない」事を、統計学では有意と言います。そして、「これだけ珍しい事がまぐれで起こる確率」の事は有意確率と言います。


コイントスの話で言うと、表が10回中7回出た際の有意確率は17.2%。100回中70回出た際の有意確率は、0.004%です。そして、この0.004%という確率はあまりに小さいので、この結果は統計的に有意だろう、つまりまぐれでは無いだろう、と判断したわけです。


これをヒッグス粒子の話に当てはめてみます。読売新聞の見出しに出ていた「99.98%の確率で見つけた」の本当の意味は、「有意確率が0.02%のデータが出た」という事です。ヒッグスが無かった場合、まぐれでは0.02%の確率でしか起こらない事が起こった、と。


この0.02%というのは、コイントスの場合には偶然にしては小さすぎる、と判断した0.004%のたった5倍です。これなら、ヒッグス粒子を発見したと言っていいのでは?と思われるかも知れません。この話の前に、しておかないといけない話があります。

条件付き確率

それは、「○○%の確率で発見/ヒッグスが存在する」という書き方の問題です。「まぐれの確率は0.02%なのだから、まぐれじゃない確率は99.98%じゃないか」と思うかも知れませんが、これは間違いなのです。確率について考える際には、その数字に付いている条件に気をつけなければなりません。


まぐれの確率が0.02%、というのは厳密には、「ヒッグス粒子がなかった場合、まぐれでこれほど珍しいデータが出る確率は0.02%」という事です。


ここから分かるのは、「ヒッグス粒子がなかった場合、これほど珍しくないデータが出る確率は99.98%」という事。これは、「これほど珍しいデータが出た場合、ヒッグス粒子がある確率は99.98%」というのとは違うとは分かってもらえるでしょうか。


この2つの確率の違いを鮮やかに示してくれるのが、下のマンガです*4。英語なので、マンガの下に解説を書きます。



(解説)「ジェリービーンズ(お菓子)がニキビの原因になる」、という噂を調べようと科学者たちが動き出します。調べてみたところ、有意確率は5%以上。つまり、まぐれで出てもおかしくない、その2つは関係ないと思われる、という結果が出ました。


そこに、「特定の色のジェリービーンズが原因って話らしいよ」という新情報が。科学者たちは、20種類のジェリービーンズを調べます。そしてそのうちの1種類、緑のジェリービーンズを食べた人達に、まぐれでは5%の確率でしか起こらないくらいニキビが多く発生しました。他の19種類のジェリービーンズでは、有意確率の低い結果は出ませんでした。


彼らの研究結果を聞いた新聞の見出しは、「95%の確率*5で、緑のジェリービーンズはニキビの原因になる!」(解説終わり)


さて、緑のジェリービーンズがニキビの原因だという確率は何%でしょうか?95%では無いでしょう。


この話では、20回に1回起こるような珍しい結果が、20回に1回出ました。ジェリービーンズとニキビが無関係だったとしても、これと同じ事は起こるという事ですから、ジェリービーンズとニキビに関係があるという結論は導けないのです。有意確率が低い、珍しい実験結果も、何度も同じ事を繰り返してみれば、まぐれで出てくる事があるという事です。


ヒッグス粒子を探す実験で問われているのは実は、「質量が○○のヒッグス粒子はあるかどうか?」という質問です。使われる質量の単位はGeVというものなのですが*6、「125GeVのヒッグスがあるのか?」、「126GeVのヒッグスがあるのか?」と、色々な質量の場合で、まぐれでは出ないような珍しいデータが出ているかどうか調べています。これは、紫のジェリービーンズ、茶色のジェリービーンズ、と別々に調べているようなものですね*7


この、数撃てばまぐれで当たってしまう可能性を考慮に入れて、素粒子物理の実験では、有意確率0.00003%*8というレベルまでデータを集めないと、研究グループは発見を主張してはいけないことになっています*9


ヒッグスの話の結論としては、今回発表されたのは、125GeVくらいの質量のヒッグス粒子があるかもしれない、というヒントが見つかったという事です。ATLASとCMSという2つの実験グループが、ほぼ同じ質量でヒントになるデータを得たので、期待は高まっていますが、発見を主張するにはまだまだデータが足りません。そして、その必要なデータは来年、実験を継続する事で出てくるはずだという事です。


最後に、科学者向けに少し。(そのまた後に「追記」が付きました。)

誤解しているのは誰?

最初に一番上にリンクしたような記事を読んだ時、統計学について誤解している記者がいるのかな、誰かが解説してあげないといけないのではないかな、と僕は思いました。発見が確実とは言えないのに、確実かのように書かれてしまうのは良い事とは思えないからです。もし来年、ヒッグスの証拠かもしれないと思ったデータは単なる統計的なゆらぎだと分かったとします。そうなると、あの時煽ったのは何だったのだ、と思われ、今後の発表を真に受けてもらえないようなこともあるでしょう。


しかし、科学者が書いたものにも、似たような表現があるのが見つかりました。例えば、この記事では、取材された学者が「データがヒッグス粒子によるものと判断できる確率は98・9%」と発言しているようですし*10、この英語のブログ記事でも、"there is less than a 5% chance that [the signals] are simply statistical fluctuations*11"という間違った表現をしています。他にも複数、同じ間違いを見つけたので、誤解している物理学者の割合は小さくないのではないかと思います*12


中には、有意性の本当の意味は分かっているけれど、説明が面倒だから、このような書き方をしている人もいるかもしれません*13。ただ、そういった表現は、統計についてちゃんと理解しているプロ向けならともかく、素人向けに使ってはいけないのではないでしょうか?


物理学者たちのTwitterでの反応には、報道が煽りすぎ、というようなものが多く見られました。その原因は、誤解している記者達だけではなく、こういった数字の落とし穴について丁寧に説明して来なかった科学者たちにもあるのではないか、と今後の対応を考えて欲しいと思います。


ミニ追記:東大では、CERNの講演前に講義があり、この記事に書いたような事をさらに詳しく説明し、偶然でも起こりうる事を強調していたそうです。逆に、詳しすぎた可能性もあったようですが…誤差の概念を正しく伝えるのが難しいというのは実体験からも感じているので、悩ましいところです。

追記*14

Q:今回に限らず、「○○%確実」という風に誤解している人に会ったらどうすればいいでしょうか?


A:賭けをふっかけましょう。


相手が、95%確実な発見だと思っているのなら、「これが本当の発見だったら1000円あげるよ。でも、そうじゃないって分かったら1万円ちょうだい。95%確実だったら、ホントはもっと倍率高くてもいいはずだよね。」とでも言って誘ってみましょう。*15


(12/15 17:05 有意水準→有意確率と訂正。有意水準は、有意確率がこの数字を下回れば有意と判定する、という数字ですね。)

*1:なんでいきなり?と思うかも知れませんが、素粒子物理学者の動機も突き詰めていけば「気になったから」です。

*2:この確率は、グラフの上にあるように \frac{_{10}C_{n}}{2^{10}} =\frac{10!}{2^{10} n! (10-n)!} です。

*3:本当はここでもっとベイズ推定のような話に突っ込むべきですが、本題ではないので割愛。

*4:xkcd: Significantより

*5:confidenceというのは統計用語で、これは正しい用法ですが、一般にはこれだけの「自信」を持って発見したのだ、と捉えられます。

*6:陽子や中性子の質量より少し大きい単位です。

*7:大栗教授のブログにも説明があります。

*8:ヒッグスが無かった場合に予想される平均値から標準偏差の5倍以上外れないといけない。0.00006%と書いてありましたが、この記事の他の確率は片側検定の場合の確率なので、これも合わせて片側検定の数字にしました。

*9:これ自体は慣習でしかありませんが、そう決めておかないと嘘の発見が増えてしまう、というちゃんとした理由のある慣習です。

*10:こういった記事では、間違って引用されている可能性もゼロではないですが。

*11:シグナルが統計的なゆらぎではない確率が5%以下

*12:なので、個人を晒そうという意図は無いことはご理解下さい。

*13:ハンロンの剃刀」を採用するなら、こういったケースは少ないと思います。

*14:ネタかどうかは各自判断。

*15:id:what_a_dudeさんのブコメでの指摘から補足:ここで「本当の発見」と書いたのは、素粒子物理の基準で発見になるかどうか、の話です。5σはなかなか厳しい水準なので、物理以外ではあまり応用が効かなそうですね。ただ、確率について勘違いしている人がいる場合、賭けにすると見えなかった事が見えるようになる事はあると思います。

原発事故、放射線の情報について一言

6月に書いた「カリウム40の放射能 - 物理学と切手収集」が、いくつかのサイトにリンクされたり、検索にかかったりしているようで、それなりの人数に見られているようです。


ここにたどり着いた人には、カリウム40の情報だけちょっと調べたかった、という人もいるのでしょうが、色々と分からない事があって、カリウム40はそのうちの1つ、という人の方が多いのではないでしょうか。そのような場合、うちのブログだけでは話が狭過ぎてあまり役立たないのでは、と思っています。放射線についての基礎的な情報が、分かりやすい形で、まとまってある場所を見た方が良いのでは、と。カリウム40の話を調べても、カリウム40の事しか分かりませんが、放射線や放射性物質についての基礎知識を身につけておけば、色々な情報にある程度対応できるようになります。


というわけで、学習院大学の田崎晴明教授の「放射線と原子力発電所事故についてのできるだけ短くてわかりやすくて正確な解説」をお勧めします。


「 本文は、中学生以上なら読めるように書いたつもり」とあるように、分かりやすく書かれていると思います。「読み飛ばしても、好きなところから適当に読んでもいい」ともあり、使い勝手もいいはずです。

日本人がMacArthur Fellowship受賞

先月、ミシガン大学の生物学者、山下由起子さんがMacArthur Fellowshipを受賞しました。


公式サイトの受賞者プロフィールから、インタビュー


MacArthur Fellowshipとは何か。これはMacArthur Foundationという非営利団体から出される研究奨学金。毎年20〜30人選ばれた受賞者は、5年間で$50万を受け取ることが出来ます。


この奨学金の面白いのはまず、多様な分野で活躍する人が受賞していること。過去の受賞者のリストを見ると、数学者、詩人、教育者、歴史家、…なんでもアリです。各分野で活躍している人が選ばれる事から、Genius Awards(天才賞)という異名もあります*1


公式サイトの"About the Program"というページを見ると、受賞者を決める条件は、"exceptional creativity, promise for important future advances based on a track record of significant accomplishment, and potential for the fellowship to facilitate subsequent creative work"(創造性、今後の貢献の可能性、奨学金が活動を促す可能性)の3つと書かれています。さらにこの奨学金は、"no strings attached"、つまり特定のプロジェクトや評価に縛られず、どう使っても良いものです。このページで強調されているのは、この奨学金は、過去の業績について与えられるものではなく、今後の活躍を促すためのものだという事。山下さんも、これからの研究が期待されている、という事です。


ここからが本題。


ノーベル賞受賞者の発表が今月ありますが、科学コミュニケーションのネタとしては、ノーベル賞よりも天才賞の方が良いのではないでしょうか。


科学者が行なっている科学という行為は、この世界に現れる現象を、あの手この手を尽くして説明しようとするものです。どう説明すればいいのか分からないからこそ研究するわけで、ゴールの見えないレースのようなもの。この「訳がわからない」状態を伝えることなくして、科学の教育、科学の報道が出来たとは言えないのではないでしょうか*2


貢献の質を見れば、ノーベル賞受賞者のほうが、天才賞受賞者より上でしょう。ただ、ノーベル賞受賞者だけに話を絞るのは、上に書いたようなレースの後で勝ち馬だけを見るようなものです*3。さらに、多くの場合、ノーベル賞が与えられるのは何十年も前の業績で、受賞者は一線を退いている方々。「今年のノーベル受賞者は何をしたのか?」というネタは、科学という営みが何なのかを伝えるのにはあまり適していないのではないでしょうか。


天才賞は、アメリカ国民または在住者に限られた賞なので、日本で取り上げられないのは仕方が無い面もあります。ただ、日本人が受賞するのは珍しい*4ようですし、注目されても良いのではないかな、と思ったり…英語圏では、New York TimesBBC News Magazineでも報道されたので、受賞者たちがどういう仕事をしているのか調べてみた人も多いと思います。


科学コミュニケーションの例としては、Scientific AmericanNew Scientistが、それぞれサイト上のブログに記事を載せていました。SciAmの方は、過去に受賞者を紹介した際の記事へのリンクがあり充実しています。日頃から、比較的若い研究者も取材し、研究を紹介している事の表れでもあります*5


山下さんに関しては、2年前に別の賞を受けた際の紹介記事(PDF)がウェブに転がっていました。これには、研究内容の他、京大出身で、2001年に同じく生物学者の夫と共にポスドクとして渡米したこと等が書かれています。MacArthur Fellowshipの存在(それを可能にした制度と文化)、日米のサイエンス事情、研究者夫婦に生じる「二体問題*6」、等、色んな切り口が可能なストーリーのように見えます。

*1:リストを見て、天才賞という名前に値するかどうか、どうでしょう?僕が知っている人(主に物理学者と…ジャズミュージシャン、笑)はなかなか、と思いますが、他の分野の評価は出来ません。

*2:え?超光速ニュートリノの報道の話をしたそうに見える?気のせいでしょう。

*3:「勝つ」ためには才能と努力が必要なのは言うまでもなく。

*4:初めて?日系人が数人受賞している事があるのは確認しました。

*5:今回受賞した6人の男性科学者のうち5人を過去に取材していたのに、4人の女性科学者は取材した事がなかったよう、という観察がコメント欄に…興味深い現象ですが、短絡的にSciAmが差別しているとは結論する事はできないでしょう。

*6:同じ地域のアカデミックポストを探さなければならないという問題

シアトルで好きなモノ

2006年から9年まで住んでいたシアトルの、居住者、旅行者にオススメのお店、場所、イベント、まとめてみました。


住んでいたのはダウンタウンからバスで20分ほどのPhinney地区。車は持っていなかったので、行動範囲は主にこの辺りから、ダウンタウンの少し南くらいまででした。限られた範囲、しかも3年だけなので、他にも沢山良いものがあると思います。これも(これの方が?)良いよ、というのをご存知の方は、コメント欄やツイッターで教えて頂けると嬉しいです。あと、もう閉まってるよ、とか、間違ってるよ、というのも…


店等のウェブサイトが見つかった所は、リンクを貼っておきました。見つからなかったところも、場所など分かりやすいようにYelpのページにリンクしました。

定番

Pike Place Market (Downtown)
ダウンタウンの海辺にある市場。シアトル観光のメインアトラクションです。観光客の集まる場所、というのは僕はあまり好きじゃないんですが、これはシアトルに住んでいる人でも楽しめる場所だと思います。


Ballard Locks (Ballard)
シアトルの東にあるワシントン湖と、西のピュージェット・サウンド(太平洋)を繋ぐ運河の水門…というとドライな感じ。暖かい日に行くと、ボート遊びの人達が通過するのが見られます…といってもなんか面白みが伝わらないような。まあいいや、見てるだけで楽しいんです。

地区

シアトルの中でも、個人的に歩いているだけで楽しい地区2つ。


Fremont
住んでいた場所の近く。自称"Center of the Universe"、それらしき標識もあります。レーニン像があったり、橋の下に、フォルクスワーゲンを鷲掴みにするトロール像があったり…と書けば分かると思いますが、変な場所です。


Pioneer Square
ダウンタウンのすぐ南にある、シアトルで一番歴史のある地区。ギャラリー多数。なぜか絨毯屋も多数(笑)自分は行かなかったのですが、Underground Tourというのはかなり好評でした。19世紀に大火事で街が焼けた際、洪水防止のために当時の街の上に街を作り直したのですが、地下に残っている元の街が見られるとか。


本屋

Elliott Bay Books (Pioneer Square)
この本屋にはお世話になりました。多分シアトルで一番好きな場所。年季の入った木造の建物の雰囲気も、品揃えや店員のオススメのセンスも好き。新刊の安売りセクションが目立たないところにあります。


Magus Books (U-District)
ワシントン大学の近所にある古本屋。大学に近いだけあって、学術系の良い本が時々見つかります。

カフェ

シアトルと言えば、Starbucks、Tully's、Seattle's Best Coffeeとカフェチェーンの発祥地ですが、外に進出しているチェーンは、シアトルに来てもあまり変わりません。シアトルに行くからには、チェーン以外の店を探検して欲しいです(その方がコーヒーはおいしいと思いますし)。シアトルのカフェというのは本当に無尽蔵にあるので、他にも良いお店が沢山あると思いますが、自分の限られた視野内で良かった所を紹介します。


Umbria、Lighthouse、Vitaはロースターの商売もしていて、他の店に豆を提供しています。


Caffe Umbria (Pioneer Square)
ダウンタウン近辺で行った中では、多分一番。名前の通りイタリア系で、ジェラートもあります。屋外席あり。


Cafe Allegro (U-District)
路地に入り口のある店。大学付近で、おいしいコーヒー飲みながら勉強するならここ。


Cafe Solstice (U-District)
これも大学付近で、コーヒーはおいしいんだけど、勉強するには音楽が少しうるさいのが難点。ビールも飲める。


Lighthouse Roasters (Fremont)
この中では住んでた所に一番近かったのに、通過することの方が多かったのは残念…


Caffe Vita (Capitol Hill等)
これは何店もあります。

レストラン

Little Thai Restaurant (U-District)
Banana Leaf Cafe (U-District)
Thaiger Room (U-District)
シアトルはタイ料理屋が多いです。大学近辺で良いと思った店だけでこの3つ。


Samir's Mediterranean Grill (U-District)
気さくなおじさん(Samir)が長年やっているレバノン料理店。


Aladdin Gyro-Cery (U-District)
ピタパンのサンドイッチのお店。ファストフードです。


Agua Verde (U-District)
メキシコ料理。トルタ(サンドイッチ)がおいしい店。


Ivar's Salmon House (Wallingford)
シーフードの店は、あまり探検しなかったですね…ハズレが恐いので。Ivar'sはチェーンですが、店にそれぞれ特色があるようです。この店は、ユニオン湖を眺めながら食事が出来ます。ボートでのテイクアウトもあり(笑)


Golden Olive (Wallingford)
ギリシャ料理の店。ここのムサカはおいしかったなぁ。


Molly Moon's Homemade Ice Cream Shop (Wallingford等)
行列の出来るアイスクリーム屋。変な味が沢山あります。Salted caramelとか、意外においしいです。


Ivar's Fish Bar (Downtown)
またIvar'sで、しかも観光客向けですが…これは海岸沿いのフィッシュ&チップスの店。カモメの溜まり場で、フレンチフライをあげる人も。フェリー乗り場の近くにあって、雰囲気が好き。


Crepe de France (Downtown)
Pike Place Market内にあるクレープ屋さん。フルーツやチョコレートの入った甘いクレープだけでなく、食事になるクレープもあります。確かサーモンもあったかな。


Jade Garden (International District)
点心で行ったことがあるのはこの店。こういうのは、休日の午前中に行くのが一番です。


Maneki (International District)
和食で行った中では、これが一番良かったです。Bellevueや郊外に行くと色々あるようですが、車は無かったので。

ミュージアム系

Seattle Asian Art Museum (Capitol Hill)
アジア美術館。結構面白い展示があります。近所には、ブルース・リーのお墓が。(ブルース・リーはシアトルの高校卒、ワシントン大学中退)


Seattle Art Museum (Downtown)
ここで面白いのは主に現代美術。そんなに大きくはないので、特別展が面白そうな時に行くのが良いと思います。


Olympic Sculpture Park (Downtown)
僕が住んでる間に出来た彫刻公園。


Woodland Park Zoo (Phinney)
とにかく広い動物園。狭い檻に閉じ込めるより、こういう方が良いかな、とは思います。ここのすぐ近くに住んでました。(URLが凄い、笑)


Central Library (Downtown)
シアトルの中央図書館。建築が面白い場所。

展望台

まず、Space Needleについて。シアトルのシンボルと思われている建物ですが、展望台は正直あまりオススメしません。値段が高く、あまりにベタな観光地なので。それが良い、という人もいるでしょうが。以下の2つが、僕的には良い展望台。


Smith Tower (Downtown)
1914年に建てられた、初期スカイスクレイパー。この展望台のある部屋は、清朝の皇妃*1が寄贈したというもので、部屋自体がなかなかすごいです。


Columbia Center (Downtown)
シアトルで一番高いビル。オフィスで働いている人達が持ち回りで受付をしているので、平日の昼間しか開いていないのに注意。

音楽

Triple Door (Downtown)
Jazz Alley (Downtown)
この2つは、ジャズ、インディー系、外国のアーティストが良く来る会場。飲み食いしながら音楽を聴くところ。といっても食べ物は高いので、大体の場合は飲むだけでした。


Town Hall (Downtown)
ここの、民族音楽のシリーズは素晴らしいです。他にも室内楽やジャズ、講演なども。教会だった建物。


Benaroya Hall (Downtown)
シアトル交響楽団のホール。学生は、Campus Clubというのにタダで入会しておくと、コンサート前に売れ残ったチケットを$10で買って入れます。

その他

Safeco Field (South of Downtown)
MLBマリナーズの本拠地。席を選べば海や山を見ながら観戦できる、良い球場。大して人気でもないので、当日でも楽々チケットが取れます。(相手がヤンキーズ、レッドソックスの場合は要注意?)


Theo Chocolate (Fremont)
見学できるチョコレート工場。確か要予約。おいしいチョコです。


Uwajimaya (International District)
これは居住者(または、アメリカの田舎から旅行してる人)向けですね。日系スーパーで、紀伊国屋もあります。


Spanish Table (Downtown)
スペイン食材のお店。ワイン、チーズはもちろん、パエリャ鍋などもあります。

イベント

Seattle International Film Festival(5〜6月)
色んな国の、色んな映画が見られます。会場は1カ所ではなく、映画館20館くらい。スケジュールをちゃんと見ておかないと、見逃します。


Fremont Solstice Parade (6月末、Fremont)
夏至に一番近い週末のお祭り。最初に通るのが、ヌードの自転車乗りの集団で(非公式なはず、笑)、その後は衣装来た人達が音楽流して踊ったりしてるカーニバル的なパレード。


4th of July Fireworks (Wallingford)
独立記念日の花火。ラジオで流す音楽と合わせて花火を打ち上げるようになっていて面白いです。Gas Works Parkではピクニック状態なんですが、公園内はとにかく人が多いです。近くのアパートの屋上に上がれる友達がいるとベスト。

追記

僕よりもシアトルの長い[twitter:@daitakano]さんが、オススメのレストランを教えてくれました。ツイートを引用しておきます。


*1:ちょっと正しいか不安。公式サイトには、Chinese empressとしか書かれてない。

AB型の4人兄弟

4人兄弟だと言うと驚かれる、そして4人ともAB型だと言うともっと驚かれる、という話を聞いて、実際のところ、4人ともAB型の兄弟ってどれくらい珍しいんだろう、と考えてみました*1


4人兄弟が珍しいのは事実なんですが*2、みんなAB型の4人兄弟、と言うのは、それの中でもむちゃくちゃ珍しいのかどうか、という疑問です。


日本人の血液型の分布は*3

O 30.5%
A 38.2%
B 21.9%
AB 9.4%


A:O:B:ABがほぼ4:3:2:1だというのは、よく知られていると思います。これだけ見ると、AB型の人が4人揃うのは、10分の1の4乗、つまり1万分の1の確率でしか起こらないんじゃないか、となるんですが、それは赤の他人を4人選んだ場合。


血液型は遺伝で決まるものなので、兄弟の場合、同じ血液型になる確率は少し高くなります。男の4人兄弟で、4人とも身長が180cm超えてるんだよ、と言われても多分あまり驚かないのと比べると、不思議といえば不思議です。*4


まずは、ABO式血液型がどう遺伝するのか、おさらい。知ってるよ、って人はここをクリックして飛んでください。

ABO式血液型の遺伝

人はそれぞれ、ABO式血液型の遺伝子を2つ持っています。片方は母親から、片方は父親からもらった遺伝子。この血液型の遺伝子には、A、B、Oの3種類があって、持っている2つの組み合わせから、血液型がA、B、O、ABのどれになるかが決まります。


血液型とはそもそも、血液中にある抗原*5から血液を分類するものです。ABO式の場合、A遺伝子はA抗原を作り、B遺伝子はB抗原を作ります。O遺伝子は、「何もしない」遺伝子。A、B、O、AB型の区別は、

  • A抗原はあるけどB抗原が無ければA型
  • B抗原はあるけどA抗原が無ければB型
  • A抗原もB抗原も無ければO型
  • A抗原もB抗原もあればAB型


可能な遺伝子の組み合わせは、AA、AO、BB、BO、OO、ABの6種類。ここまでの話を理解していれば、それぞれどの血液型になるのか分かると思います。


AAがA型、BBがB型、OOがO型、ABがAB型というのは簡単。AOとBOの組み合わせの場合、AとBの遺伝子はそれぞれの抗原を作るので、A型とB型になります。Oの遺伝子は劣性遺伝するという事です。AやBと混ざると、負けてしまうんですね。


これで分かるのは、AB型の親からO型の子供が生まれたり、O型の親からAB型の子供が生まれたりはしない事。母親と子供の組み合わせがそうなってた場合は、検査ミスでしょうね。父親だった場合は…

遺伝子の分布

4人兄弟が全員AB型になる確率を求めるためには、両親の遺伝型*6の分布を考えないといけません。AAの人とAOの人では、子供の血液型の分布が変わってくるので、区別して考えないといけないんです。どうやって、AAとAOの割合を求めればいいのか説明しますね。


日本人全体で見ると、A、B、Oの遺伝子それぞれの数があります。個人的に分かりやすいのは、大量*7にカードがあって、A、B、Oと書いてあるイメージ。


日本人をランダムに選んだ場合の遺伝子の組み合わせは、この大量にあるカードの中から、2枚をランダムに引いた組み合わせと考えて良いです*8


遺伝子や、その組み合わせの割合(現れる確率)を、P(A)、P(O)、P(BO)、P(AB)という風に書きます。そうすると、下の6つの式が成り立ちます。*9



日本人の血液型の分布から、P(AA)+P(AO)はA型の割合なので38.2%、P(O)はO型の割合なので30.5%、etc.と分かるので、それを元に、P(A)、P(B)、P(O)を求めればいいわけです*10


その結果、遺伝子の分布は、

A 27.6%
B 17.1%
O 55.2%


と出てきます。アメリカインディアンの血液型がO型しか無い、というのは知っている人も多いと思いますが、日本人の血液型も、遺伝子レベルで見れば半分以上O型なんですね。


遺伝型の分布はというと、

AA 7.6%
AO 30.5%
BB 2.9%
BO 18.9%
OO 30.5%
AB 9.5%

*11


本当に珍しいのは、AB型じゃなくてBB型なんです(笑)

AB型を産める親の組み合わせ

遺伝型の分布が分かったところで、親の組み合わせを考えます。


AB型の子供は、片方の親からAの遺伝子、もう片方の親からBの遺伝子を貰わないといけないので、それが可能な組み合わせの親にしか生まれません。これは9通りあります。

  1. AAとBB
  2. AAとBO
  3. AAとAB
  4. AOとBB
  5. AOとBO
  6. AOとAB
  7. ABとBB
  8. ABとBO
  9. ABとAB


この組み合わせのカップルが日本人で出来る確率は、遺伝型の分布から計算出来ます*12。あと大事なのが、それぞれの組み合わせから子どもが生まれた場合に、AB型になる確率。あわせて表にすると、

遺伝型の組み合わせ 分布 AB型の子どもが生まれる確率
AAとBB 0.4% 1
AAとBO 2.9% 1/2
AAとAB 1.4% 1/2
AOとBB 1.8% 1/2
AOとBO 11.6% 1/4
AOとAB 5.8% 1/4
ABとBB 0.6% 1/2
ABとBO 3.6% 1/4
ABとAB 0.9% 1/2

*13

4人兄弟がみんなAB型になる確率

上の表で面白いのは、1行目の母がAA、父がBBの場合(または逆)。母からはA遺伝子、父からはB遺伝子が毎回伝わるので、子供はみんなAB型になります。これがまず思い付いたので、実はAB型だけの兄弟というのはそんな珍しくないんじゃ、と僕は思ったんですね。ただ、BBが珍しい遺伝型なので、この組み合わせは日本人カップルの0.4%にしかなりません。


一方、AOとBOの親から子供が生まれた場合、A遺伝子が伝わる確率が2分の1、B遺伝子が伝わる確率も2分の1なので、子供がAB型になる確率はそれを掛け合わせた4分の1です。この組み合わせのカップルが4人子供を産んで、4人ともAB型になる確率は、4分の1の4乗。256分の1にしかならないんです。


4人兄弟を産んで、全員がAB型になる確率を含めて表にすると、

遺伝型の組み合わせ 分布 4人兄弟が全員AB型の確率 2つの確率の積
AAとBB 0.4% 1 0.45%
AAとBO 2.9% 1/16 0.18%
AAとAB 1.4% 1/16 0.09%
AOとBB 1.8% 1/16 0.11%
AOとBO 11.6% 1/256 0.05%
AOとAB 5.8% 1/256 0.02%
ABとBB 0.6% 1/16 0.03%
ABとBO 3.6% 1/256 0.01%
ABとAB 0.9% 1/16 0.06%

*14


一番右の列は、2列目と3列目を掛け合わせた数字を書きました。これはどういう意味でしょう。


2列目は、「4人兄弟の親が〇〇と××の遺伝型を持っている確率」。


3列目は、「4人兄弟の親が〇〇と××の遺伝型を持っていた場合、みんなAB型になる確率」。


これを掛け合わせると、「4人兄弟の親が〇〇と××の遺伝型を持っていて、みんなAB型になる確率」になる、というのが条件付き確率の考え方ですね。*15


日本人の4人兄弟のうち、全員AB型の兄弟の割合を求めたい場合は、この一番右の数字を全部足し合わせれば良いわけです。


足してみると、なんとピッタリ1.00%。日本人の4人兄弟のうち、100組に1つは、全員AB型なんです。珍しいには違いないですが、「4人ともAB型」と聞いて思った程では無いんじゃないでしょうか。

余談

この話をしていた人に、両親の血液型はAとBでしょう?、と聞いてみたら、アタリでした。最後の表から、A型とB型の組み合わせ(1、2、4、5行目)だけを足してみると分かりますが、AB型の4人兄弟のうち8割近くが、AとBの組み合わせの親から生まれているんです。


ま、これは外れてもおかしくなかったですが…

*1:この記事では、両親はみんな一緒だとします。半兄弟はややこしいので無し。

*2:日本人のどれくらいが4人以上の兄弟なのかは、ちょっと調べただけでは分かりませんでした。一番それっぽいのが「少子化だけど、「一人っ子」って少ないの? - エキサイトニュース」で、この数字をそのまま使うと、3.5%の日本人が4人以上の兄弟という事になります(「兄弟の3.5%が4人以上」、とは違う事に注意)。大雑把に言ってそれくらい、という話でしかないです。

*3:血液型の分布」から。

*4:血液型は遺伝だけで決まる一方、身長は環境にも左右されるので、むしろ逆?

*5:名前から想像できる通り、免疫に関わる物質です。あんまり詳しくは聞かないで(笑)

*6:「遺伝型」は、持っている遺伝子の組み合わせ。"AO"とか"BB"の事。「表現型」は、その遺伝型が実際にどういう風に体に反映されるか。A型、O型とかの事。

*7:2億5千万ちょっと(笑)

*8:実際には、地域差などあるはずなので、完全にランダムにはなりません。あと、血液型占いがどれくらい交際相手の選択に影響するのか…

*9:2が出てくるのは、「1枚目がA、2枚目がB」という場合と、「1枚目がB、2枚目がA」という場合を両方カウントするため。

*10:4つの数を指定して、6つの式を解こうとしているので、厳密に言うと、解はありません。ベストフィットを見つける、という話。

*11:AB型が0.1%ズレているのは、式をフィットで解いた際の誤差。

*12:遺伝型の分布の時に出した6つの式と、基本同じ。

*13:この表から、日本人の子供の9.45%がAB型だというのが検算出来ます。方法は、次の部分を読むと分かります。

*14:有効数字(笑)

*15:本当は、ベン図書いて説明するのが親切だよなぁ…

カリウム40の放射能

3ヶ月もここは更新してませんでしたが...


野尻美保子教授の、

というツイートを見て、どういう事なのかと計算してみたので、この50Bq/kgの元であるカリウムについて少し書いてみます。


結論だけ読みたい方は、ここをクリックして飛んでください。


批判やミスの指摘はもちろん、これも書いといた方がいいよ、という提案もありましたら、コメント欄か、ツイッターの[twitter:@hundun2]にお願いします。

カリウムの化学と物理

まず、カリウムとは何か。カリウムは元素番号19の金属。アルカリ元素の1つ、つまり価電子を1つ持ち、化学的にはナトリウム等と似ています。酸化しやすいので、通常単体では存在せず、塩素などと結合すると塩になります。*1


カリウムの安定した同位体は、カリウム39とカリウム41。陽子19個に対し、それぞれ中性子を20個と22個持つ原子核です。*2


この2つの同位体が、自然にあるカリウムの99.99%を占めるのですが、残りの1万分の1が、不安定なカリウム40です。不安定と言っても、半減期は12.5億年と長いものです。崩壊の89.28%では、β-線(電子)を出しカルシウム40に、残りの10.72%では、β+線(陽電子)を出し電子を吸収してアルゴン40に変化します。*3

中性子の数 天然存在比 質量(u)

K-39

20

0.9326

38.96

K-40

21

1.2×10-4

39.96

K-41

22

0.0673

40.96


今地球上存在するカリウム40のほとんどは、太陽より前の世代の星の中で作られたものが超新星爆発により飛散し、それが地球の材料として取り込まれたものです。*4地球の年齢は約45億年と考えられているので、地球が出来た時のカリウム40の量は、現在の10倍ほどだった事になります。


同位体の割合がこれと大きく違うカリウムが自然にあるかというと、基本的に無いと考えていいはずです。どの同位体も化学的にはほぼ同じ振る舞いをするので、同位体を分離するには、質量の違いを利用した遠心分離などの方法が必要になります。

栄養としてのカリウム

以下は、「厚生労働省:「日本人の食事摂取基準」(2010年版)」を参考にしました。


カリウムは、ミネラルに分類される栄養分で、人体にとって必要な元素の1つです。体内では(陽)イオンとして存在し、体液の浸透圧の調整などに使われます。ニューロンの「発火」は、ナトリウムとカリウムのイオンの移動によって起こるとか。


日本人の摂取量の目安は、1日あたり男性は2.5g、女性は2.0g。カリウム摂取が、「血圧低下、脳卒中予防、骨粗鬆症予防」に繋がるという研究結果があるため、2.7-3.0g*5が目標量として設定されています。*6


普通の食生活をしていれば欠乏する事はなく、摂り過ぎても、腎臓が機能していれば尿で排出されるので、体内の濃度はほぼ一定に保たれています。大体、体重の0.2%がカリウム。体重が50kgの人なら、約100gのカリウムが体内にあるという事です。


色々な食品に含まれるカリウムの量は、「カリウムの多い食品と食品のカリウムの含有量一覧表 | 簡単!栄養andカロリー計算」に載っています。牛乳(普通)は、100gあたり150mgとありますね。1kgあたり、1.5gになります。

カリウムの放射能

というわけでやっと本題。1gのカリウムが、何ベクレルの放射能を持っているのか計算します。公式*7があるのですが、意味が分かっていれば導出できるものなので、意味を追っていきます。


まず、カリウムの原子量は39.098。つまり、1モルあたりのカリウムの質量は、39.098g。1モルとはアボガドロ数の原子があるという事なので、1gのカリウムに含まれる原子(そして原子核)の数は、


このうち、0.012%がカリウム40なので、

がカリウム40の原子核の数になります。


半減期t1/2の原子核が、1秒内に崩壊する確率は、*8

なので、1gのカリウムが持つ放射能をベクレル(1秒に起こる崩壊の数)で測ると、

と出てきます。


牛乳1kgに含まれるカリウムは1.5gですから、約50Bq/kgで正しいわけです。人体に含まれるカリウムの放射能は、体重50kg、カリウム100gとして3200Bqになります。


カリウムの多い食品と食品のカリウムの含有量一覧表 | 簡単!栄養andカロリー計算」に出ているのは、食品100gあたりカリウムが何mg含まれているかです。この表からBq/kgに換算するには、表の数字を3で割るとほぼピッタリです。

最後に

食品は、原発事故と関係なくカリウム1gにつき約30Bqの放射能を持っていて、体内にも、数千Bqのカリウム40がある事が分かりました。


こんなにあって大丈夫なのかというと、大丈夫もなにも、これがベースラインでみんな生活しているわけです。上に書いたように、体内のカリウムの量は大きく変動しませんし、カリウム40の割合が低い摂取源があるわけでもありません。要するに、カリウム40による被曝は、何をしても大きく増えたり減ったりしないものなので、心配してもしょうがないのです。ちなみに、カリウムからの年間の被曝量は、0.1-0.2mSvになるようです。


言うまでもない事ですが、他の放射性物質については、心配するべきですし、出来る限り被曝を抑えたい、というのが当然です。カリウムがこれだけあるから、他のも大丈夫、と言いたいわけでは全くありません。


ただ、ゼロがベースではないよ、というのは知っておいた方がいいと思います。牛乳などの放射能検査では、主にヨウ素とセシウムの検査をしているのですが、これらが無ければ全く放射能がないわけではなくて、カリウムを含む食品には、すでに背景として放射能があります。検査をするには、ただカウンターで数えるだけではダメで、γ線のエネルギーを見て、核種を判別しないといけないわけです。*9


基準値も、核種ごとに定められていて、カリウムの放射能は考慮に入っていません。入れてもしょうがないからです。

*1:化学の話はこれくらいで勘弁...

*2:一般的に、原子核は偶数個の陽子、偶数個の中性子を持つものがより安定します。

*3:核種のデータはNNDCが便利。アルゴンに崩壊する場合には、γ線を出して安定状態になります。アルゴンは希ガスで、液体からは逃げるので、アルゴンの濃度を測定する事で、岩石が固化した年代を特定出来るとか。

*4:言い換えると、地球上で、これと同じオーダーの量のカリウム40を作るプロセスは無い、という事。

*5:年齢と性別に依存。「厚生労働省:「日本人の食事摂取基準」(2010年版)」を参照。

*6:目安量は、「特定の集団の人々がある一定の栄養状態を維持するのに十分な量」。目標量は、「生活習慣病の一次予防を目的として、現在の日本人が当面の目標とすべき摂取量」。

*7:ベクレルで測った放射能は、。mは質量、maは原子量、Nはアボガドロ数、t1/2は秒で測った半減期。

*8:正確には、半減期が1秒と比べて大きい場合の近似。原子炉内などにある半減期の短い放射性物質でも無ければ、使えます。

*9:ただ、カリウム40がγ線を出すのはアルゴン40に崩壊する場合だけなので、γ線だけを測っている場合、牛乳などの場合はあまり問題になるカウント数にはならなそうです。