ホイスト

ホイストの話を書いたんですが(「Of Miracles - 物理学と切手収集」)、ホイストと聞いて自分が思い出す事が1つあります。


エドガー・アラン・ポーの「モルグ街の殺人事件」の冒頭。当時人気だったゲームを比較して、それぞれに必要な能力を考察する下りがあります。ポーが言うには*1、チェスは、駒の動きが多様なためにゲームが複雑になるが、これは深みではない、と。見落としで負ける事が多いので、思考力よりも注意力が必要なゲームだと言うんですね。対してチェッカーズでは、駒の動きがシンプルなので、思考力が優れている方が勝つ、と。


そして、ホイストが思考力の一番のテストだ、と続きます。ちょっと引用。


"Whist has long been noted for its influence upon what is termed the calculating power; and men of the highest order of intellect have been known to take an apparently unaccountable delight in it, while eschewing chess as frivolous. Beyond doubt there is nothing of a similar nature so greatly tasking the faculty of analysis. The best chess-player in Christendom may be little more than the best player of chess; but proficiency in whist implies capacity for success in all those more important undertakings where mind struggles with mind."
(全文はGutenberg Projectで読めます→"The Works of Edgar Allan Poe, Volume 1")


チェスのチャンピオンは、チェスのチャンピオンという以上のものはあまり無いだろうが、ホイストでの強さは、他の知的活動でも成功できる能力の証だというわけです。


チェスを少々やる人間として少し弁護しておくと、ポーの生きた19世紀前半のチェスは、お互いが相手のキングを詰める最短距離を目指すような乱暴なものでした*2。19世紀後半のヴィルヘルム・シュタイニッツ辺りから持久戦の戦略が考えられ始め、今のチェスはポーの時代とはかなり違うものになっています。


それでも、色々なゲームで強くなるために必要な能力が異なるというのは確かでしょう。ちょっと気になっている話です。

追記

数学者ポール・エルデシュの話*3


バークリーに、囲碁を数十年やっているアメリカ人の友人(プログラマー、アマチュア天文家)がいます。エルデシュは趣味として囲碁をしていたらしく、エルデシュがバークリーに来ていた時に、この友人は何局か打たせてもらったとの事*4。その時にエルデシュは、プロ棋士に会った時の感想を話してくれたそうです。


又聞きで、しかも僕の翻訳を通していますが、こういう事を言っていたそうです。「科学者や芸術家、チェスプレイヤーなど、色んな分野のトップと言われる人に会った事があるが、もし自分がこの分野に一生を賭けていれば、同じくらいの事が出来たんじゃないか、と毎回思わされた。ただ、囲碁のプロ棋士を見た時には全く違った。この人達のやっている事は、自分がいくら頑張っても真似出来ないんじゃないか、という印象を受けた。」

*1:彼本人の意見だったかどうかは分かりませんが。

*2:棋譜を見る分には楽しいです。これとか→'Adolf Anderssen vs Jean Dufresne (1852) The Evergreen Partie'

*3:20世紀のかなり有名な数学者です。「ポール・エルデシュ - Wikipedia

*4:棋力は上級者だったそうです。(段位者では無かった。)