多数決の何が悪いか(前編)

11月にアメリカ、12月に日本の選挙がありましたが、その選挙の方法について思うところがあるので一度まとめて書いておきます。選挙が終わってから書いているので、結果に不満だからか、というとそういうわけでもなく*1、一般論として以前から考えている事です。書いていて長くなったので、この前編ではまず都合の良い話を主に書いて、後編でそれに対して考えられる批判などを書くことにします。

選挙の目的

少なくとも建前上、今の民主主義で選挙を行う目的は、市民の意見を出来るだけ平等な*2形で政治に反映させる、というものと思われます。平等性の観点からは、日本での「一票の格差」の問題、アメリカでの選挙区のゲリマンダーの問題などありますが、今回はそれは問題にしません。1つ1つの(小)選挙区に限った話として、多数決が市民の意見を政治に反映させるのに本当にベストな方法なのか、という部分に注目します*3


念のため「多数決」の定義。有権者が最も好ましい候補1人に票を入れて、単純に、得票数の最も多い候補が当選する、という選挙方式をこの記事では多数決と呼びます。最優先の候補以外に票がカウントされることがない事から、「単記非移譲式」という用語もあります。英語では、plurality voting*4、first-past-the-post (FPTP、FPP)*5などと呼ばれる方式。


日本でもアメリカでも、ほとんどの選挙で使われている多数決ですが、上に書いた選挙の目的から考えて大きな問題があります。


まず、1票に含まれる情報量が少ない事。選挙に出てくる候補に対する意見や印象は、積極的に支持したい人から、絶対ダメという人まで、色々あると思います。ですが、多数決の投票で聞かれるのは、どの人が一番良いですか、だけ。多数決の選挙では、「この人はダメ」、という意思表示はもちろん、「AさんよりはBさんの方が良い」、という意見も伝えられません。候補が2人だけならこれでも問題無いですが、4人、5人と増えていくと、投票者1人が持っている意見のうち、多数決の票で伝えられるものの割合はどんどん減っていきます。


多数決では、票に含まれる情報の量が少ないだけでなく、その質にも問題があります。「戦略投票」と呼ばれる問題ですが、例えばこういう事です。


あなたは、2000年のアメリカ大統領選で緑の党のラルフ・ネーダーを支持していたとします。世論調査の報道を見ると、ネーダーが多数決でブッシュ(共和党)とゴア(民主党)に勝てるとは思えません。さらに、ブッシュとゴアはどうやら僅差だというのが分かってきます。


あなたがネーダーに投票してもしなくても、彼は確実に3位。出来ればネーダーに勝って欲しいといっても、彼に票を入れる事で選挙結果に影響があるとは考えられません。あなたにとって好ましい選挙結果になる確率を少しでも上げるためには、ブッシュとゴアのどちらか「マシな方」を選ぶのが、あなたの最適戦略になります。


このように多数決の選挙では、有力候補以外の支持者のいくらかは、自分が一番良いと思っていない候補に票を入れる事になります。「民意」を汲み取るのが選挙の役割だとすれば、このような「ウソ」の票は出来るだけ減らしたいもののはずです。

他の選挙方式

上の戦略投票の問題を認識している人は、かなりの数いると思います。ただ、問題だと思っていても、他にやりようが無いじゃないか、と諦めている人が多いのではないでしょうか。日本とアメリカではほとんどの選挙が多数決で行われていて、それが当然、と思われている節があります。そこで、他にも選挙の方法はあるし、中には国政選挙で長年使われているものもある、と伝えるのがこの記事の1つの目的です。


まず、多数決から一段登った方法と言えるのが、2回投票制*6。多数決が英米系の国で多いのに対して、フランスや旧フランス領で多く採用されている選挙方式です*7


2回投票制の基本は「過半数でないと勝てない」という事*8。1回目の投票は、多数決と同じように行われます。3人の候補がいる選挙で、このような結果になったとします。


候補A 40%
候補B 35%
候補C 25%


多数決では当然候補Aが勝つことになりますが、2回投票制では、得票率が50%を超えないと勝たせてもらえません。過半数を取った候補がいない時には、上位2名(この場合AとB)の決選投票が後日行われる事になります。そして、候補Cに入れた人の多くがAよりもBを支持すれば、決選投票でこのような結果になる事もあります。


候補A 45%
候補B 55%


1回目の投票では2位だった候補Bが、決選投票で逆転して当選、というわけです。


2回投票制のメリット、デメリットの話は後に回すとして、もう1つ、先進国で使われている選挙方式を紹介します。アメリカで使われる用語"instant runoff voting"の略を使って、この記事ではIRVと呼ぶことにします*9。"Runoff"は上で説明した決選投票の事。1回目の投票と決選投票を別々に行うのではなく、1回の投票で決選投票まで出来る事からこの名前がついています。先進国でIRVを使っているのは、オーストラリアとアイルランド。


IRVでは、1人の候補を選ぶのではなく、候補をランク付けする事で投票します。A〜Dまで4人の候補がいる場合、"B(最も支持)、C、D、A(最も反対)"などのように投票出来るわけです。下に書いた、9人が投票した結果の例でIRVの仕組みを解説します。


第1ラウンド(投票結果そのまま)
4人 A、B、C、D
2人 B、C、D、A
2人 C、B、D、A
1人 D、B、C、A


IRVは2回投票制と同じく、(1位票で)過半数を取らないと勝てません。上の場合、候補Aを1位にした人は4人で、過半数にならないので第1ラウンドでは勝者が決まりません。その場合、1位票が一番少ない候補を除外します。というわけで、候補Dを除外した結果こうなります。


第2ラウンド(1位票が少なかったDを除外)
4人 A、B、C
2人 B、C、A
2人 C、B、A
1人 B、C、A


Dを1位にしていた人は、Bを2位にランクしていました。この人の票は候補Bの1位票としてカウントされます。これでBの1位票が3に増えましたが、それでもまだ過半数には届きません。勝者がいないので、1位票が2つしかない候補Cを除外します。


第3ラウンド(1位票が少なかったCを除外)
4人 A、B
2人 B、A
2人 B、A
1人 B、A


候補AをBより上にランクした人は4人、BをAより上にランクした人は5人という事で、Bが過半数を取って選挙に勝つことになります。

多数決との違い

2回投票制の例でも、IRVの例でも、最初にリードしていた候補Aが負けてしまいました*10。多数決に慣れていると、1位だったのにおかしいじゃないか、と思うかもしれません。ただ、どちらの場合も、候補がAとBだけの場合にはBが勝っています。つまり、Aが最初にリードしていたのはそもそも、Bと他の候補が票を分け合ってしまったから、という見方が出来ます。もう1つの見方は、候補Aは多数決では勝てるかもしれないけれど、実は多くの投票者に嫌われていて、そのような候補は2回投票制やIRVではなかなか当選できないという事です*11


選挙方式には多数決以外のものもあり、多数決と違う結果になることもある、というのはこれで示せたと思いますし、1人の投票者が選挙で伝えられる情報の量が、2回投票制やIRVの場合、多数決よりも多いのも明らかだと思います。では、多数決で起こる、戦略投票の問題は違う方式を使えば避けられるでしょうか?また、2000年の大統領選のネーダー、ブッシュ、ゴアの例で考えて見ます。候補が3人の場合、IRVと2回投票制はほぼ同じなので*12、大統領選挙がIRV方式で行われるとします*13


あなたは、出来れば「ネーダー、ゴア、ブッシュ」と投票したいとします。上で書いたように、多数決の場合にネーダーに入れてしまうと、「ゴアの方がブッシュより良い」というあなたの意見が結果に反映されません。


ではIRVでネーダーを1位にランクする事で、似たような損をするかというと、しません。なぜかというと、ネーダーが最初に除外されたとしても、あなたの票は「ネーダー、ゴア、ブッシュ」から、「ゴア、ブッシュ」に変更されるだけだから。「だめもと」でネーダーに投票しても、損はしない。つまり、正直な自分の意見を票に書けば良い事になります。


選挙で投票者が伝達する情報の量も質も、2回投票制やIRVが多数決に勝っています。一方、多数決は単純で、選挙を行う費用が抑えられます。それを理由として、もっと優れていると思われる制度を採用しない理由になるか、という問題になります。


2回投票制は、どうやっても1回しか選挙を行わなくて良い制度よりも費用がかかってしまうでしょう。ただ、IRVの場合、多数決との費用の差はかなり縮められるもののように見えます。投票を行うのはどちらも1回で、違いがあるのは開票作業の手間です。そしてこれは、選挙の電子化が進めば大きな問題ではなくなるでしょう。


制度が複雑すぎて理解されないのでは、という疑問も、実際にオーストラリアとアイルランドの国政選挙、そして他の国の地方選挙でも実際に使われている事を考えると、大きな問題ではないと思われます*14

とりあえずの結論

IRVの方が、多数決より良いと思います。


…後編では、IRVでも起こりうる戦略投票の例、IRVと類似した他の同じくらい良いかもしれない選挙方式、アローの不可能性定理との関係、などカバーする予定です。


多数決の何が悪いか(後編) - 物理学と切手収集」に続く

*1:まぁ、満足しているとも言いませんが

*2:性別、財産などの条件で差がつかない

*3:上に書いた目的から考えると、議会の選挙では比例制を拡大する事に自分は概ね賛成です(例えば、参議院は全部比例制で良いのではないか、とか)。ただ、ある地域の代表が議会にいる事のメリットを強調する意見にも一理あると思うので、1人の候補を選出する選挙区があるのは前提として、その中でどうやって選挙を行うべきか、という話。大統領、市長など、1つしか枠がない役職の選挙もある以上、避けられない問題でもあります。

*4:Pluralityは、他と比較して多数の意味。

*5:競馬で、ゴールポストを最初に通過した馬が勝つ事に例えた名前。

*6:英語ではtwo-round systemまたはrunoff voting。Runoffは、優勝決定戦のこと。

*7:各国の選挙方式の一覧はここで見られます。 "List of electoral systems by country - Wikipedia"

*8:決選投票に3人以上残れるような変種もありますが、ここでは一番単純な方法の説明をします。

*9:オーストラリアでは"preferential vote"と呼ばれ、"alternative vote"という呼称も使われます。

*10:もちろん、逆転しない場合の方が実際は多いはずですが、違いを強調するためにこのような例にしました。

*11:IRVの例では、1位票4つ、最下位票5つと、例にしても極端ですが。

*12:実際には、2回投票制で1回目に投票した人と2回目に投票した人が全く同じにはならないですし、投票の合間に意見が変わる可能性もあるので、結果がIRVと同じとは限りません。

*13:選挙人制度とかは本筋ではないので割愛(笑)

*14:"History and use of instant-runoff voting - Wikipedia"